第二百話 詐欺師
ディアローズが皇国の捕虜になっているという情報は、当然家宰も知っている。しかしそれが、なぜエレノールの捕虜返還交渉に出てくるというのか。理解できない展開に、家宰のしわくちゃの顔に冷や汗が一筋たれた。
「何故
対するディアローズは優雅に笑い、その長い人差し指をぴんと立てて左右に振った。
「
「なっ……!」
帝国軍において最上位クラスの権力を持っているはずの人物から放たれた衝撃的な一言に、家宰の身体が震える。この言葉が本当ならば、ディアローズもすでに帝国を裏切っているということに他ならないからだ。
「くくく……驚いているな? だが、よく考えてもみよ。最初からこの戦いはおかしかったではないか。圧倒的な戦力を持つ我が帝国艦隊が、はるかに劣った田舎国家の艦隊に敗北する……普通に考えてあり得ぬだろう?」
突然祖国を罵倒されたフレアがむっとした表情になったが、文句は言わない。ディアローズが何かしらの策があってこのようなことを言っていることは理解できたからだ。
「その上、四天だ。帝国最強のパイロットたる彼女らが、わずか一度の作戦で全員撃墜されるなど、異常事態にもほどがある。そうであろう?」
「ま、まさか……」
「最初から仕組まれておったのだ。この
お前最初から最後まで行き当たりばったりだっただろ! 輝星は心の中で叫んだが、流石に口には出さなかった。余裕の表情を浮かべたディアローズの独壇場はさらに続く。
「皇国軍と密かに連携し、帝国艦隊の被害を最小限に抑えつつ無力化した。結果、今ではカレンシア派遣艦隊の半数以上が反帝国を掲げて皇国に協力しておる。これほど都合の良い絵図を、
「た、確かに……」
滅茶苦茶を言っているようだが、家宰は納得してしまったようだ。なにしろディアローズの指揮官としての名声は、帝国中に鳴り響いている。それが格下の相手に敗北したのだから、普通ではない事態が発生したと考える方が自然なのだ。
「し、しかしなぜこのようなことを? ディアローズ殿下に限って、謀反を起こされる理由など……」
そのままのほほんと軍務をこなしていれば、自然に帝国の全権が転がり込んでくるのが以前のディアローズの立場だ。危険を冒してまで、帝国に反旗を翻す必要はないはずである。困惑したように効いてくる家宰に、ディアローズは静かに首を左右に振った。
「本国でも評判の悪い、一般民衆ごと街を吹き飛ばす終末爆撃……あれは
ひどく悲しげな、それでいて憤りのこもった声音でディアローズは語る。実際、この言葉は事実なのだから、彼女の悲しみも怒りも演技などではないのかもしれない。
「人に汚い仕事をやらせておいて、自分はその成果だけを吸い上げる。肉親とはいえ……いや、肉親であるからこそ許せるものではない。だからこそ、
「なんと……!」
彼女の語っていることが本当なのか、家宰には判断できなかった。しかし事実としてディアローズは本国の良識派貴族からは叩かれていたし、皇帝は全責任を娘に投げて自身はのらりくらりと追求から逃れていた。その責任を投げつけられた本人が破れかぶれの反乱を起こしたというのなら、話の筋は通っている。
「もはや皇帝の地位など
自身に嵌まった無骨な首輪を指でなぞりつつ、ディアローズは宣言した。エレノールと家宰の顔色が変わる。
「で、殿下……まさか、本当に?」
エレノールが震える声で聞いた。この手の首輪は、一度嵌めれば外す方法はない。そしてこんなものを装着した人間が貴族に返り咲くのは不可能だ。だからこそ、彼女の決意のほどは理解できる。
「うむ。皇国の信を得るには必要な措置だった。後悔なぞ微塵もしておらぬ」
決意に満ちた声でディアローズは肯定した。確かに後悔はしていないだろうなと、輝星がそっぽを向いて口をへの字にする。
「そしてその志には、メルエムハイム家も賛同してくれている。これを見よ」
そう言ってディアローズは、懐から一通の封筒を取り出してエレノールたちに渡した。その封蝋に押された印を見て、家宰が驚愕の表情を浮かべる。そこに押されていたのは、確かにメルエルハイム家……つまりはテルシスの実家の家紋だった。
視線でディアローズに許可を取り、エレノールが封筒を開封する。中から出てきた手紙の内容を確認し、ごくりと生唾を飲んでから紙面に携帯端末を向けた。この手の書類には偽装の極めて難しいセキュリティ・コードが印刷されており、携帯端末を使うことで容易に差出人の真偽がつけられるようになっている。
「……本物ですわね。まさか、テルシス様が帝国を裏切るとは」
若干変わり者ではあるが、テルシスは騎士の鑑として名高い人物だ。おまけに、帝国でも三指に入るほどの大貴族の当主でもある。それが皇国に付いたというのだから、ディアローズの話にも真実味が出てくる。
家宰はそれを見て、しばらく考え込んだ。枯れ木のような指で、会議用のテーブルを何度か叩く。静まり返った大部屋に、その乾いた音が妙に響く。一分ほどして、彼女は顔を上げた。
「なるほど、ディアローズ殿下のお考えは理解しました」
何かしら、決意をしたという表情である。それを見て、ディアローズは会心の笑み浮かべた。
「しかし我々も数多の領民を抱える身。卑しい話ですが、なんの得もないのに貴方様に協力することはできませぬ。そちらに付いた場合、我々にはどのような利があるのかお教えいただけますかな?」
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