第百九十七話 篭絡(1)

 その後、一行は三十分ほどをかけて目的地のホテルへ到着した。皇国で一番の高級ホテルだけあり、その内装は"レイディアント"の貴族用寝室よりも豪華だ。


「あらあら、面会と聞いたので誰が来てくれるのかと思っていたのですが……ノラちゃんでしたか」


 ホテル最上階のロイヤルスイート・ルームで輝星とノラを出迎えたのは、金髪縦ロールという独特な髪形をした少女……エレノール・アル・ファフリータだった。彼女の顔色は良好であり、軟禁中とはいえそこそこ羽を伸ばした生活が許されていることが伺われる。


「どもども、お久しぶりデス」


 ノラは馴れ馴れしい口調で答えつつ手を上げ、部屋の主の許可もとらずに椅子に腰を下ろした。袖を引っ張られた輝星も、同じように座らされる。


「ノラちゃん、そちらの方はいったいどなたですの?」


 マイペースなノラの態度にため息を吐きつつも、エレノールは聞いた。彼女と輝星に面識はないのだから、突然何の説明もなく部屋に連れ込まれて困惑するなというのが無理がある。


「それなんデスけどね、実はエレノールサンにご報告があって今日は来たのデス」


「それはまた、どんな?」


 やや緊張した面持ちで輝星たちの対面の椅子に腰をかけつつ、エレノールは聞き返す。


「ワタシたち、結婚することになりました」


「……は?」


 ニヤと笑ったノラが、輝星を抱き寄せつつ言う。エレノールは思わず、間抜けな表情で聞き返した。


「紹介しましょう。この方は北斗輝星サン。"凶星"と恐れられる凄腕傭兵にして、ワタシの婚約者デス」


「は、はあああっ!?」


 "凶星"といえば帝国軍に大苦戦を強いた傭兵であり、エレノールたち四天が全員で仕掛けて返り討ちにあった戦いは記憶に新しい。


「ま、まさか貴女、最初から帝国を裏切って……?」


 何がどうしたら、敵のエースと通じ合って婚約することになるというのか。むしろノラが最初から皇国に内通しており、その過程で知り合ったというのが自然な考えだろう。

 エレノールはこれまで、ノラたちの裏切りはディアローズに愛想が尽きてのことだと考えていた。彼女とてディアローズに特別な忠誠を誓っているわけではないので、敵味方に分かれたとはいえその考えは理解しているつもりだった。だからこそ、面会に来ても友好的に迎えたのだが……。


「違うデスよ。我々はあくまで敵と味方でした。しかし、だからこそ恋の炎が燃え上がったのデス! ねえ、輝星サン」


「あっはい。ソウデス」


 恋の炎などいつ燃え上がったのだろうか? 輝星は疑問に思ったが、これもディアローズによって事前に伝えられた台本のうちである。大人しく頷くことにした。


「あっ、そうでしたの……申し訳ありませんわ」


 何とも苦しい言い訳だが、エレノールは納得したようにコホンと咳払いしつつ赤面した。ノラ達の言うように、多少アホなタイプなのかもしれない。


「しかし、そうなるとなかなかロマンチックなお話ですわねえ。演劇か、映画で見るようなシチュエーションですわ」


「でしょう? ふふん」


 腕組みをしたノラは自慢げな表情を浮かべたが、すぐにそれを崩してエレノールにずいと顔を寄せる。


「しかし、困ったことが一つあるのデス。それをワタシが姉のように尊敬するエレノールさんに相談するべく、今日ここにやってきたわけデス!」


「……ほう!」


 姉のように尊敬する、の部分でぱっと笑顔を浮かべたエレノールは、なんとも嬉しそうな様子で先を促した。


「我々が婚約するにあたって、一つ条件を付けれたのデス。なにしろワタシは元敵で、しかも平民上がりの一騎士爵に過ぎないデスから……」


「条件ですか……皇国も汚いマネを。いったい、どのような内容なのです?」


「輝星サンを、この国の重鎮に差し出すことデス。まあ、連婚デスね。しかし、今言ったようにワタシの立場はあまりにも弱い……このままでは、名目だけの結婚になってしまい、あの女に輝星サンを取られてしまうのではないかと!」


「な、なんて酷い……好き合っているというのに、そんなことは許せませんわ!」


 憤慨した様子で声を上げるエレノールは、完全にこの作戦を立てたディアローズの手のひらの上で転がされていた。引きつった顔で二人のやり取りを聞きつつ、輝星は自らの奴隷のやり口に戦慄を覚える。


「わかりましたわ。わたくしに出来ることがあるというのなら、なんでもおっしゃいなさい。ノラちゃんの恋路を手伝って差し上げますわ」


「さすがエレノールサン! そう言ってくれると信じてたデスよ!」


 ニヤリと笑って、ノラは目の前に置かれたテーブルにドンと腕をついた。彼女もなかなか芸達者だ。


「エレノールサンにはワタシの本当のお姉さまになっていただけないかと! 連婚にエレノールサンが参加すれば、あの女もあまり好き勝手にはできないはずデスから!」


「えっ、連婚!? わたくしが!? この男と!?」


 驚いた様子で、エレノールはまじまじと輝星を見る。ここで初めて輝星の顔をしっかりと観察した彼女は、一瞬捕食者めいた気配を漏らす。


「……へ、へえ? 詳しく話を聞かせて頂けます?」


 そう言うエレノールの表情は、まんざらでもなさそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る