第百九十六話 姉

 翌日の朝。輝星たちは、古い大柄な乗用車セダンに乗っていた。四天の一人であり、現在は皇国軍の捕虜になっているエレノールが軟禁されているホテルに向かっているのだ。


「いやー、久しぶりだねー」


 輝星の隣のシートに座った、白髪ショートカットの女性が朗らかに笑いながら言った。シュレーアの双子の姉、フレアである。一卵性の双子らしく、その容姿はシュレーアと驚くほど似ていた。


「本当はちょくちょく会いに行きたかったんだけど、いろいろ忙しくてねー?」


「近隣諸国を歴訪して、支援を取り付けて来たんでしょ? 物資がなきゃ、軍人は戦えないからね。本当にありがたいよ」


「へへへ、そう言われるとお義姉さんとしてはうれしいねー? 頑張った甲斐があったよー」


 ニコニコとしながら、フレアは輝星にしなだれかかる。前回会った時も大概だったが、今回はそれ以上に距離感が近い。


「ちょっとちょっと、人のオトコに手を出すのは褒められた行いではないデスよ? 控えてほしいデス」


 フレアとは逆側のシートに座ったノラが、威嚇するような目つきをしながらフレアを引きはがす。


「人のオトコ、ねえ? ふふ」


 フレアはそれに抵抗しなかったものの、冷たい視線をノラに向ける。妙に含みのある態度だ。これにはノラもたじろいでしまう。


「ま、まさかアナタ、自分も連――」


「つまらぬ喧嘩はやめぬか」


 何かを言いかけたノラだったが、それより早く前方の助手席から顔を出したディアローズがたしなめた。


「これから向かう先は、武器を使わぬ戦場だ。味方同士いがみ合っていては、勝てる戦も勝てなくなると思うが? なあ、義姉上・・・


 すべてわかっているぞと言わんばかりの口調のディアローズの顔には、妙な諦観が浮かんでいた。


「年上に姉呼ばわりされるのはちょっと納得いかない部分もあるけど、まあそうだねー」


 薄く笑って、フレアは肩をすくめる。その仕草は、彼女の明るくもクールな容姿によく似合っていた。シュレーアも黙っていればこれくらい知的に見えるのになあと、輝星は内心失礼な感想を抱く。もっとも、口を開けばあっという間にぽんこつな素顔が露わになってしまうのだが。


「そう言えば、一応確認しておくけどさー? ホテルに付いたら、まずこの二人だけでエレノール氏と面会してもらう、という事でいいんだよねー?」


 隣に座る二人をちらりと見つつ、フレアが聞く。エレノールを篭絡するための作戦は、シュレーアを通じて彼女にも伝わっていた。


「ま、突然大勢で押しかけても警戒させてしまうからな。最初は二人にエレノールの心をほぐしてもらう。我々の出番は午後……ファフリータ家の家宰殿との会談の時だ」


 現在、エレノールの実家であるファフリータ家の家宰が彼女の返還交渉のためにこの国を訪れている。当主ではないエレノールだけ味方に付けても本家は皇国へ寝返らない可能性が高いため、こちらとは別に交渉する必要があるのだ。


「家宰さんも例のホテルへ来るようにお願いしてるから、エレノールさんの方が好感触なら交渉に一緒に出てもらうと言う手もあるねー?」


「むしろ、最初からそれが目的だ。エレノールさえ墜としてしまえば、ヤツ自身が本家を説得しようとするはずだからな。そちらの方が都合がいい」


「おお、怖い怖い」


 当然のことのように言うディアローズに、フレアは苦笑した。


「敵同士だった時から思ってたけど、貴女ってば本当に頭が回るよねー? 味方になってくれて、本当に良かったよー」


 皮肉とも称賛とも判別しづらいその言葉に、ディアローズは小さく息を吐いた。フレアはいまだに、ディアローズのことを信頼しきっていないのだろう。まあ、これまでのことを考えれば当然のことだ。


「今のわらわは一介の奴隷に過ぎぬ。ご主人様が皇国と共にある限り、わらわの力も皇国の物だ」


「なるほどね? 本当に怖いのは、輝星くんってことかなー?」


 フレアは人差し指で輝星の頬をつんつんとつついた。それをノラが敵意の混ざった目つきで睨みつけたが、フレアはそれを完全に無視する。


「ま、私としては正直この作戦はどうかと思う部分が無いでもないけど……状況が状況だ。仕方ないかなー? 輝星くん、期待してるよー?」


「な、何を?」


「またまたー。わかってるでしょ? エレノールさんの、ろ・う・ら・く」


 最後の言葉は、輝星の耳に息を吹きかけるような囁き声だった。そのくすぐったい感触に妙な快感を覚え、彼は背中を軽く震わせる。


「あ、あんまりそういうのは自信ないんだけど」


「冗談きついなあ」


 素の口調でフレアがぼやいた。この場にいるディアローズもノラも、輝星に篭絡されて皇国に寝返ったクチである。まして、彼の被害者・・・は彼女らだけではない。そこらのスパイが束になってかかってもかなわないほどの寝返り工作能力だった。


「ま、大丈夫だって。お義姉さんが太鼓判押しちゃう」


 輝星の肩越しにノラの首筋をつっつきつつ、フレアは苦笑するのだった。

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