第百九十話 えーぶい
「で、俺は何をやらされるのさ……」
小型連絡艇の客室で、輝星が何度目かになる質問をした。連絡艇は現在、巡洋戦艦"レイディアント"が停泊する港からかなり離れた洋上を飛行している。狭い連絡艇の客室の中にいるのは、輝星とディアローズだけだった。
「しょ、少々言いづらいことなのだが、な?」
対するディアローズは、ひどく狼狽した様子で目をそらした。その顔には冷や汗が浮かんでおり、落ち着きのない様子で自分の右手を左手で弄んでいる。
「その、なんというか……撮影?」
「なんの?」
その短い質問に、ディアローズの手の動きが止まった。たっぷり三十秒は沈黙した後、やっとのことで彼女は重い口を開く。
「……AVの」
「えーぶい?」
「えーぶい……」
「オーディオヴィジュアル?」
「アダルトビデオ……」
「なんでだよ!!」
さすがの輝星も、これにはキレだ。思わず立ち上がり、思いっきり叫ぶ。案の定の反応に、ディアローズが表情をぐにゃりと歪ませた。
「せ、正確に言うとな?
「なんでだよ!!」
全く同じ言葉を叫ぶ輝星。いや、鞭で叩くのは百歩譲って良い。彼女のマゾ趣味は知っているから、そういったプレイもしないとは言わない。
とはいえ、それを撮影されるのはさすがに嫌だし、だいいち明らかに軍主導でこの話は進んでいる。プライベートな性生活に、なぜシュレーアや軍が関係してくるというのか。
「帝国軍に送り付けるためだ……」
「お、送り付けるの!? そんなアレな映像を!?」
「うむ……」
何故か少しうれしそうな様子で、ディアローズは両手の人差し指をツンツンとつき合わせた。
「いうなれば『信じて送り出した次期皇帝が男傭兵のSM調教にドハマリしてアヘ顔ピースビデオレターを送ってくるなんて……』作戦だ」
「あたまいたくなってきた」
輝星は引きつった表情で、シートに腰を下ろす。何をどう考えたらそんな頭のおかしい作戦を思いつくというのだろうか。その上、シュレーアまでそれを承認しているのだから手に負えない。
「いやな、
「……確かに思うだろうね。俺だって同じ立場ならそう思う。というか今も若干そう思ってる」
「ンッ!!」
罵倒され、ディアローズはビクリと背筋を震わせた。
「そう、そして
「理屈はわかる。理屈は」
ヴルド人社会は強烈な権威主義政体だ。逆に言えば、トップの権威が失われれば部下たちは平気で反乱を起こし始める。ディアローズが狙っているのはそこだろう。
「皇国軍が接収した電子巡洋艦を使い、戦闘中に帝国のデータリンクシステムに侵入する。そして今回撮影する動画データを各艦各機に流し込み、強制再生するのだ! 戦場のド真ん中で! すさまじい混乱になるぞ? 戦闘どころではなくなるはずだ……」
「な、なるほど……」
この作戦にはディアローズの趣味が多大に含まれている気がしてならないが、それはそれとして効果は確かだろう。しかしその代償として、輝星とディアローズのひどく恥ずかしい姿が公衆の眼前で披露されることになる。
「さらに、そのようなあられもない姿を皆に見られた
知らず知らずのうちに垂れてきた唾液を、ディアローズは真っ赤な顔をしてぬぐった。
「これは勝利するためには絶対に必要な作戦なのだ! ご主人様も『勝つためにはなんだってする』と言っておったではないか! どうか協力してくれっ!」
「確かに言ったけどさあ! くそぅ!!」
さっき言った言葉を早々に撤回するのは、あまりにも恥ずかしすぎる。しかしこの作戦は、あんまりにもあんまりだ。輝星は頭を抱えた。
「くそっ! くそっ! これで負けたら百年祟るからな!!」
「くふふふふ! ご主人様ならばそう言ってくれると信じておったぞ!」
満面の笑みを浮かべて、ディアローズは輝星に抱き着く。わざと顔面にその豊満な胸が当たるよう調整し、むぎゅっと押し付けた。この手が有効なのは、旅館の夜に確認済みである。
「むううう……」
自然に責める気を失ってしまう自らの単純さを恨みつつ、輝星は何とかホールドから脱し、顔を振った。こほんと咳払いし、なんとか平静を装う。
「しかし、そんな撮影なんかどこだって出来るじゃないか。連絡艇まで飛ばして、どこへ行ってるんだよ」
「"オーデルバンセン"。
「ああ、あのフネか。確か今は、皇国軍のクルーを乗せて練習航海中だったっけ」
帝国軍の誇る巨大戦艦、"オーデルバンセン"は皇国軍が接収し、少しでも早く戦力化するため余剰人員をかき集めて訓練が行われている。
「そうだ。SMプレイをやるなら、"オーデルバンセン"の尋問室が一番だからな。せっかくだから、出来るだけエキサイティングな動画を撮って帝国のカカシどもにぶつけてやる……!」
「あ、あそこかあ……」
輝星が危うくディアローズに犯されかけたのが、"オーデルバンセン"の尋問室だ。あの時はヴァレンティナの助力でなんとか窮地を脱したが……まさか、逆の立場で同じようなことをする日が来るとは思ってもみなかった。
「ああ、ちなみにカメラマンは我が愚妹ヴァレンティナだ。なにしろ身内の恥だからな……動画を見られるのは作戦上仕方ないにしても、実物はほかの者には絶対に見せたくないと自ら立候補した」
「あ、そう……」
ひどく渋い表情で、輝星は頷いた。ここまでくれば、もはや逃げられない。カメラマンが誰だろうが、同じことだと投げやりになるほかなかった……。
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