第百九十一話 撮影

「やあ、我が愛」


 "オーデルバンセン"の尋問室で輝星らを出迎えたヴァレンティナは、ひどく複雑な表情をしていた。腹立たしいような、悲しいような、何かを期待しているような、そんな表情だ。彼女は片手に持った高性能カメラをいじりつつ、小さくため息を吐く。


「本当に面倒をかけるね。申し訳ない」


「必要なことなんだろ? 仕方ないよ……」


 輝星は肩をすくめて、尋問室を見回す。淡い照明に照らされた様々な拷問器具が、異様な威圧感を放っている。前に来たときは冷静に周囲をうかがう余裕などなかったから気にしなかったが、なかなかに悪趣味な部屋だ。


「その女はともかく、君にかんしてはあえて顔を公開する必要はない。我が愛には編集でモザイクはかけておくから、安心してほしい」


「ディアローズが顔を晒すのに、俺だけ隠れてるっていうのは……」


「ディアローズの破滅に、我が愛が付き合う必要はない。そんなことを気にする必要はないさ」


 妹に呼び捨てにされたディアローズは、ふっと軽く笑ってヴァレンティナの方を見る。そしてぱんぱんと手を叩いていった。


「御託はいいから、さっさと始めるぞ。時間が押しておるのだ」


 こんなことをしているのを一般兵に見られるわけにはいかないから、尋問室の周囲は人払いがかけられている。しかし、練習航海中の"オーデルバンセン"のクルーに、あまり負担をかけるわけにもいかない。手早く撮影を終わらせる必要があった。


「わかってるさ。我が愛、台本は確認済みかな?」


「まあ、一応ね。連絡艇の中で読んできたよ。しっかり覚えてる自信はあんまりないけど」


「細かいところはアドリブで構わない。要するにディアローズと皇帝の権威がめちゃくちゃになればいいのだから、クオリティなど必要ないんだ」


「やるからにはしっかりした物を撮りたいではないか」


 ニマニマと笑いつつ、ディアローズは着ていた軍用コートをするりと脱ぎ去る。卑猥なボンデージ衣装に包まれた彼女の肉体が露わになった。なにしろディアローズは長身かつ起伏に富んだ体形をしているから、なかなかに目に毒だ。


「そんな服、どこから出してきたんだ」


 とはいえ、同性かつ実の妹であるヴァレンティナから見れば、嫌悪感を覚えずにはいられないらしい。凄まじく嫌そうな表情で唸りつつ、聞いてきた。


「前からの私物だが?」


「もはや何も言うまい……」


 絶望的な表情で首を左右に振るヴァレンティナ。ディアローズは愉快そうな表情で、ツカツカと足音を立てて一台の器具へ歩み寄る。輝星もお世話になった、ベッド型の拘束装置である。その上に寝転がった彼女は、身体を大の字に広げて言った。


「ほれほれ、早くわらわを縛ってくれ」


「はいはい……」


 まな板の上に乗せられたマグロのような状態の彼女を、付属のベルトで縛り上げる輝星。実はボタン一つで拘束する機能もついているのだが、輝星の手で拘束されたいと思ったディアローズは、そのことについて黙っていた。

 緊張のせいか期待のせいかディアローズの身体はじっとりと汗ばんでおり、その卑猥な衣装と合わさってひどく煽情的だった。おまけに、むわっとするほどのオンナの匂いを放っている。嫌な臭いではない、むしろ、輝星の方まで興奮してくるような香りだった。


「これでいい?」


「良い、よし、グッド!」


 ジタバタと動きながら、ディアローズはご満悦の表情で答える。ヴルド人の怪力で暴れても、拘束はびくともする様子はなかった。


「鞭は……そこのテーブルに置いているヤツを使ってくれ」


 ヴァレンティナが指さした先には、確かに大ぶりな鞭が置かれていた。ディアローズが以前愛用していた、電撃機能つきのものである。輝星は無言でそれを手に取り、確認してみる。


「おお、あれを使うか! 愚妹にしては気が利くではないか!」


「気が利く……? えぇ……そういうつもりでは……」


 鞭の区別などつかないから、適当にチョイスしただけである。大喜びする実の姉を、妹はドン引きした目で見た。


「この女の妄言に付き合っていると、頭が痛くなってくる……もういい、さっさとやろう」


 眉間を指で押さえながら、ヴァレンティナは首を左右に振った。そしてコンソールを操作し、拘束台を地面に対して直角に近い角度まで起き上がらせる。その上のディアローズは、ちょうど壁に磔にされたような形になった。


「これ結構痛いんだよねえ。大丈夫?」


 拘束経験者の輝星が、ディアローズに歩み寄って聞く。ベルトの固定具だけで体重を支える形になるため、身体に食い込んでなかなかこれが苦痛なのだ。


「痛いのが良いのだろう! 気にするな!」


「あ、そう……好きだねえ」


 若干あきれた様子で、輝星は鞭の先端でディアローズの露わになったへその周りをつんつんとつつく。彼女はひどく悩ましい声を出した。


「んふっ、ご主人様は期待を煽るのがうまいな」


「それは重畳」


「ぐっ」


 仲睦まじい様子の二人に、ヴァレンティナはギリリと歯ぎしりした。どうもこの頃、この二人の仲が急接近しているように思えたからだ。流石に、もう行けるところまで行ってしまっているだなどということは思いもしなかったが……。しかし不思議と、その表情は興奮しているような雰囲気があった。


「さてさて、準備は万端だ。始めようではないか」


「……いいだろう」


 微妙な表情で、ヴァレンティナはカメラを構えた。


「では、スタート」

 

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