第百八十八話 貴族の結婚事情(1)

「なるほど、話はわかりました」


 場所は変わって、巡洋戦艦"レイディアント"の艦隊司令室。シュレーアの執務室と化したその部屋は、書類や空の栄養剤の空き瓶が転がる修羅場の様相を呈していた。目の下に隈を作ったシュレーアが、ノラのアイデアを聞いて頷く。


「エレノールさんのご実家……ファフリータ家でしたか。私の記憶が確かなら、結構な大貴族でしたよね?」


「ああ。当主の爵位こそ伯爵だが、希少鉱物の鉱山をいくつも抱えているので羽振りが非常に良い。その資金力を背景に、帝国内での勢力を一気に伸ばしている最中の新興貴族だな」


「成り上がり者、ということでありますな」


 そう言って頷いたのは、シュレーアの参謀であるソラナだ。


「タイミングよく、捕虜開放の交渉の為かの家の家宰が我が国を訪れております。味方に引き込むならば、最高のタイミングでありますよ」


 家宰というのは、いわばその家の家臣のトップといえる役職だ。当主ほどではないにしろ、それなりの権限は持っている。調略交渉の相手としては申し分ないだろう。


「しかし、テルシスさんとちがいエレノールさんは家の当主ではありません。そう簡単に、交渉がまとまるでしょうか? いや、第一、エレノールさんが自国を裏切る決心をしてくれるとは……」


 もちろん、皇国としてもそれとなく味方に付かないかという交渉はすでにしていたのだ。しかし、エレノールはこれに頑として頷かなかった。そう簡単に主君を裏切れるはずがない、というのが彼女の主張だった。


「策はある」


「あるんですか……」


 ディアローズの頭脳には、シュレーアも一目置いていた。若干引いたような目をしつつも、彼女の方をちらりと見るシュレーア。


「とりあえず、エレノール本人を堕とせばやりようはある。その後の本家との交渉は、わらわを一枚かませるのだ。何、口先三寸で丸め込んでやるぞ」


「なんでそんな協力的なんでありますか、貴女……」


 ディアローズに疑いの目を向けるソラナ。敵軍の元大将が、降伏してそうそういきなりもろ手を挙げてこちらに協力しはじめれば、疑うなという方が無理だろう。従うフリをして反逆を狙っていると考えるのが普通だ。


わらわはそちらの皇女様と同じ風呂に入って同じ布団で寝た女だぞ! それに、妙なことをすればスイッチでこの首輪を起爆すれば良い。お目付け役は別につけて良いから、とにかくわらわに任せよ」


「え、同じ布団!?」


 そういう関係かよ、お前ら。そう言わんばかりの表情で、ソラナがシュレーアとディアローズを交互に見た。顔を真っ赤にして、シュレーアが首を左右にぶんぶんと振る。


「ま、まあ、それはさておきであります。ファフリータ家との交渉はなんとかなるとしても、エレノール氏本人の調略はどうされるおつもりでありますか? 聞く話によれば、なかなかのカタブツらしいではありませんか」


「うむ、それなのだがな……」


 申し訳なさそうな目つきで、ディアローズは輝星を一瞥した。ほら来たと言わんばかりの表情で、彼は顔を反らす。


「ご主人様と見合いをしてもらおうと思うのだ。ご主人様とエレノールが結婚すれば、シュレーアと義姉妹ということになる。こうなればもう、最低でもファフリータ家は戦争から離脱せざる負えなくなるからな」


「え、義姉妹!?」


 すさまじい表情で、ソラナはシュレーアを見た。裏切ったな、コイツ! そういう顔だ。


「ま、ま、まさか、殿下! 彼と結婚されるのですか!?」


「は、はい……」


 ぽっと赤面して、シュレーアは頷いた。


「なんだ、伝えていなかったのか」


 呆れた様子のディアローズを無視して、ソラナはすがるような目で輝星を見る。


「殿下の妄想や勘違いではなく!?」


「えっと、はい。戦争が終わったら入籍予定です……」


「う、うわああああっ!! 先を越された!!」


 頭を抱えてうずくまるソラナ。そんな彼女に、ノラが嗜虐的な笑みを向けた。


「あ、ワタシも婚約予定デス。いやーすいませんね、オタクのアイドルを取っちゃって!」


「あああああああああ!! 元敵国の小娘にぃ!!」


 どうやらソラナも輝星を狙っていた様子だ。床の上でのたうち回るソラナに、ディアローズは憐憫のまなざしを向ける。


「い、いや、まだだ、小生は殿下の忠臣、その功を強調して、小生も連婚に加えてもらえれば……」


 ブツブツと訳の分からないことを言いつつ、ふらふらと立ち上がるソラナ。そして、強い目つきでシュレーアを見た。


「我らが皇家と、ファフリータ家に縁を作るというのは良いアイデアであります。しかし、それならばむしろ、アオ皇子のほうがお見合い相手としては適当では?」


 多家間連婚など、そうそう成立しない。こういう場合には、未婚の少年を出すのが通例なのだ。幸いにも、シュレーアの弟であるアオは、まだ結婚していない。


「皇子が居るのか! それは良い。ならば、そちらに任せようではないか」


 ディアローズとしても、今回の案は苦肉の策だ。ただでさえ輝星の妻は多いのだから、これ以上増えられてはたまったものではない。表情を明るくして、ディアローズはシュレーアの方を見た。しかし彼女は、静かに首を左右に振る。


「いえ、それはできません……非公式ではありますが、アオには隣国から縁談の打診が来ているのです」


 そう語るシュレーアの表情は、なんとも複雑なものだった。彼女としても輝星に新たな妻を増やすのは心情的には反対だし、弟を元敵国の貴族に差し出すのも拒否感がある。

 とはいえ、四の五の言っていられる状況ではないので、彼女は公人としての考え方を述べることにした。


「かの国からは、今次戦争のための資金や物資を随分と融通してもらっています。まだ縁談がまとまっているわけではないのですが、こちらから一方的に話を反故にすることはできません」


「……」


 希望を打ち砕かれたディアローズは、深いため息を吐いた……。


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