第百八十七話 調略

「嫁が増えるって何さ……」


 ひどく困惑した様子で、輝星は聞く。ノラはそんな彼に、やや同情したような目を向けた。


「それは……」


 ノラが説明しようとした時だった。突然、部屋のドアが激しくノックされる。二人は思わず顔を見合わせ、ノラが頷いた。慌てて輝星がドアの方に向かう。モニターで来客者の顔を確認すると、ノックをしたのはディアローズのようだった。すぐにオートロックを解除し、ドアを開ける。


「テルシスが真っ赤な顔で飛び出してきたのだが、何かあったのか?」


 顔を出すなり、ディアローズは形の良い眉を跳ね上げながら聞いてきた。どうやら、先ほどの件を目撃されてしまったらしい。事が事だけに正直には言いづらく、輝星は若干怯んでしまう。


「いや、ちょっと……」


「ああ、ちょうどいい。悪だくみの得意な方が来たデスね。ディアローズサンも入ってきてくださいよ」


 ひょいと輝星の横から顔を出したノラが言った。ディアローズはなぜこいつがここにいるんだとでも言いたげな表情をしたが、小さく息を吐いて部屋に入ってくる。


わらわも用事があって来たのだがなあ……まあ良い。どのような要件だ」


「いや、それがさ。ノラが俺の嫁がもう一人増えるかも、なんて言いだして……」


「はあ?」


 突然の話に、ディアローズは困惑した。ノラの顔をじっと見つめ、彼女が冗談や悪戯でそんなことを言い出したのではないことを察すると、口元をゆがめる。


「嫁な、嫁。いったいこの上誰が我が愛しのご主人様の伴侶になるというのだ? ご主人様の負担は増えるし、二人だけの時間は減るのだぞ。これ以上妻を増やすのは、わらわとしては反対なのだが」


「もちろん、そんなことはワタシもわかってますよ。苦肉の策ってやつデス」


 難しい表情で、ノラはため息を吐いた。


「エレノールデスよ。あいつ、皇国軍の捕虜になってるんでしょ? 輝星サンを餌に、味方に引き込めないかと思いましてね」


「エレノール? あの、やたら重武装のゼニスに乗ってた人か」


 "天雷"の二つ名を持つ、四天のひとりだ。四天としては唯一皇国軍に寝返らず、ディアローズと共に最後まで抵抗していた。もっとも、当のディアローズがすでにほとんど自由の身になっているというのだからおかしい話だが……。


「そうそう。あの女、ストライカー操縦の腕前は上の上だし、実家も太いんデスよ。アホだけど……。味方に出来れば、随分と助けになるハズです」


「なるほど、言わんとするところはわかった」


 頷くディアローズ。ノラのいう事ももっともで、現在の皇国軍はひどい戦力不足の状態だ。エレノール本人のパイロットとしての技量はもちろん、領主貴族である実家の力も借りることが出来れば大きな助けになる。


「しかし、そう簡単にヤツが帝国を裏切るか? ヤツはアホだが、根は真面目だ。調略はなかなか難しいと思うのだが」


「そこで無駄に色香はあるこの男の出番デスよ。誘惑して、エレノールサンが手を出そうとしたところでワタシが突入!『オイコラ、ワタシの男に手ぇ出してタダで済むと思ってるのか!?』責任感はある方デスから、これで言うことを聞いてくれるんじゃないかと」


「美人局じゃねえか!」


 思わず輝星が突っ込んだ。なかなかあくどいやり口だ。


「杜撰な計画だな。万事うまくいったと仮定したとしても、それではエレノール個人の力を借りるのがせいぜいだ。実家の方は納得せぬよ」


 自分の頬に指を当てながら、ディアローズが言いきった。しかしにべもないその言い方とは裏腹に、彼女は何かを深く思案している様子だった。


「しかし、やつの調略というアイデア自体は悪くない。さて、どうすれば実家まで引きずり出せるか……」


「やっぱり、悪だくみならピカイチデスね、この女は」


 ノラとしても、自分の語った計画がうまくいくとはあまり思っていなかったのだろう。考え込むディアローズの顔を見ながら、悪そうな笑みを浮かべる。


「なんだか、嫌な予感がする……」


 彼女の陰謀には、一杯食わされたばかりだ。輝星は自然と顔をしかめた。無論彼とて皇国軍の戦力事情が厳しいことは理解しているので、味方が増えること自体には賛成なのだが……。


「……とりあえず、素案は思いついた。ご主人様……と、ノラ。ついてこい、シュレーアに相談に行くぞ」


「えっ、大丈夫? シュレーア、滅茶苦茶忙しいみたいだけど……」


 先ほどの演習にもシュレーアは顔を出していない。休暇中に大量に堆積した雑務のせいで、身動きが取れなくなっているのだ。突然押しかけても、相談するような時間はないのではないだろうか。


「大丈夫だ。わらわがここに来たのも、ヤツにご主人様を呼んで来てくれと頼まれたからなのだ」


「あっ、そう」


 ならば、さっさと行って相談してみよう。そう思う輝星だったが、妙な胸騒ぎを感じずにはいられなかった。非常に忙しいはずのシュレーアは、いったいどういう要件で自分を呼びつけたのだろうか。単に休憩中に話し相手になってくれ、程度の話ならば良いのだが……。

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