第百八十三話 新しき力
皇都の郊外にある軍演習場。そのなだらかな丘陵地帯を、ウサギの耳のようなアンテナを付けたストライカーが跳ねまわっていた。
「すごい……暴れ馬だな」
そのコックピットで、輝星が神妙な顔で言った。機付長の言葉通り、一週間もしないうちに"エクス=カリバーン"の改装は終了し、試験飛行をすることになったのである。
しかし、扱いやすさが身の上だった"カリバーン・リヴァイブ"と違い、無茶な改造機である"エクス=カリバーン"の操縦性は狂暴その物。なかなかに扱いづらい機体だった。
「まあ、いきなりエンジン出力が五割増しになればな。しかし慣れるしかあるまい?」
輝星の後ろのシートに座ったディアローズが愉快そうにカラカラ笑った。奴隷の首輪の誤作動を防ぐため、この機体は複座が採用されている。
しかし、わずか全高十二メートルの戦闘兵器であるストライカーに、コックピットへ割けるスペースは少ない。必然的にコックピットは狭くなり、輝星は彼女の股の間から顔を出すような形になっていた。その気になれば、両足で顔をホールドできる位置である。
「パワーは確かに凄いけどさ……やっぱりフレーム強度が追いついてないね。加速すると機体がぐねぐねして気持ち悪い……」
「そうか?
「全力で動いてないからね、今のところ。フル加速するとバランスを崩すかもしれない。気を付けて乗らないと」
本日の演習場は貸し切りだ。輝星の他に出ているのは、愛機の修理が終わったノラとテルシス……そして新型機を受領したヴァレンティナの帝国組のみである。
「こんな派手な機体じゃなくても、あっちでいいんだけどなあ」
そう言って輝星が視線を向けたのは、ヴァレンティナの機体だ。それは黒い"カリバーン・リヴァイブ"としか言いようのないデザインをしており、彼としても目に馴染みのあるものだ。"コールブランド"と名付けられたそれは、輝星が搭乗する前に破壊された皇国軍のゼニス、"エクスカリバー"の二号機といえる機体だった。
本来は輝星のために届けられた機体なのだが、ヴァレンティナは乗機である"オルトクラッツァー"をシュレーアによって破壊されてしまったため、やむなくこちらに乗ることとなってしまった。
「あっちも新型ハイエンド・エンジンなんかに換装して、"カリバーン・リヴァイブ"より強化されてるんでしょ? 今からでもいいから、あっちと交換してもらえないかな……」
「莫迦ものめ。せっかくいい機体を貰ったのだから、有効に活用させてもらえばよいではないか」
「俺の場合、あんまり強力な機体を貰っても宝の持ち腐れっていうか……」
なにしろ彼は貧弱軟弱な肉体なので、全力で機動すると加速Gに押しつぶされて死にかねないのだ。最低限の性能と、あとは相手に通用する火力さえあればいいと輝星は考えていた。
「そうすると我が愚妹にこの機体が渡ってしまうぞ。敵対する予定なのだから、それはよろしくない」
手元のコンソールで無線をカットしつつ、ディアローズは輝星の耳元でささやいた。無線を切った以上、わざわざ内緒話をする意味はないのだが……たんに輝星に甘えているのだろう。耳に当たる暖かな吐息にくすぐったさを覚え、輝星は目を細めた。
「うううーん……まあ、せっかく難儀して改修してくれたんだから、有難く使うことにしようか」
思い出すのは、死人のような顔色になった機付長や整備員たちである。さすがに、あれだけ無理を押して仕事をしてくれた彼女らに、『やっぱこの機体いらない』と言うのはあまりにも不義理だ。
「その通りだ。そろそろ、暖機も終わったくらいだろう。実戦のつもりで動かしてみるのだ。本当の実戦中に何か不具合が出たりすれば、
輝星のほっぺたを揉みながら、ディアローズが真面目腐った声で言った。なにしろコックピットが狭いもので、セクハラし放題なのだ。向こうの方が筋力も体格も上だから、振り払うこともできない。輝星は渋い表情で、スロットルをそっと押し上げた。
「ぐええ」
"カリバーン・リヴァイブ"のものよりやや大型化した背部メインスラスターから、巨大な蒼炎が噴射される。発生した莫大な推力により、輝星の身体はシートに強く押し付けられた。思わず、悲鳴じみた声が出る。即座にスロットルを戻した。
「慣性制御機能も向上してるって話だけど、やっぱり全開はツライか……」
「なに、この程度で辛いのか。よくそれで四天を全員打倒できたな……」
言葉こそ馬鹿にするような内容だが、むしろディアローズの口調は心底感服したようなものだった。機体と体に無理をさせず、なおかつ強者の集団を正面から打ち倒すなど、もはや人間の所業ではない。
「"ゼンティス"はこれよりすごかった?」
輝星が顔をしかめた加速Gも、ディアローズはケロリとしていた。ふと気になって、彼は聞く。
「まあな。全開にすれば、
なにしろ、ニコイチ改造機である。元となった"ゼンティス"よりも性能を上げるのは不可能だ。
「ま、機体の性能はどうあれ中身はピカイチだ。誰が相手であれ、なんとでもなるだろう。
慈愛に満ちた顔で、ディアローズはそう言い切るのだった。
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