第百八十一話 改装

 休暇を終え、巡洋戦艦"レイディアント"に帰還した輝星を出迎えたのは、目の下に隈を作った機付長だった。彼女は奇妙なまでのハイテンションな様子で、彼を整備デッキへと案内する。どうやら、見せたいものがあるらしい。


「こ、これは……」


 格納デッキよりかなり狭いスペースしかない整備デッキは、ストライカー等の重整備を行うための場所だ。普段はガランとして人気のない場所なのだが、今は大量のクルーが忙しそうに働くデスマーチの現場のような有様になっていた。


「帝国のゼニスに対抗できる機体に改装せよ、とのご命令が下りましてね。ウチの艦ゼニス・タイプを全部改造している真っ最中ですよ」


 確かに、そんな話はシュレーアもしていた。輝星は感心しながら、周囲を見まわす。驚くことに、地球人テランと思わしき整備員の姿すらあった。


「ああ、カワシマ・アイアンワークスからの出向組です。今回は、部品と一緒に技術者も送って来たんですよ。せっかくだから手伝ってもらってます」


「なるほど」


 少し残念そうに、輝星は頷いた。地球人テランの技術者と言っても、全員女性だったからだ。ヴルド人の集団に男性を突っ込む危険性は地球企業も理解しているので、当然と言えば当然なのだが……たまには、同郷の同性とも話をしたいものだ。


「全機というと、"カリバーン・リヴァイブ"も?」


「もちろん! それを見せたくって、わざわざご帰還そうそう呼んだわけですから」


 ニヤニヤと笑う機付長の顔に、輝星とサキが目を見合わせた。ちなみに、デッキにやってきたのは二人と、そして輝星から離れられないディアローズのみである。


「あれです、あれ、すごいでしょう!」


 そう言って機付長は、壁際に固定された一機のストライカーを指さした。その特徴的なウサギの耳のようなブレードアンテナは、見覚えがある。"カリバーン・リヴァイブ"である。しかし、その姿はずいぶんと様変わりしていた。何しろ、全身のあちこちに漆黒の分厚い装甲パーツが増設されているのである。


「あ、あの胸部装甲……まさか、"ゼンティス"か!?」


 何とも言えない渋い表情でディアローズが呻いた。


「ええ! せっかく帝国の超高性能機が鹵獲ろかくできたわけですから、バラして部品を有効利用させてもらいましたよ! ……ところで、その貴族っぽい方はどなたで?」


 愛機をバラバラにされたショックでぷるぷると震えるディアローズに、機付長は疑問の目を向けた。現在の彼女は、皇国軍の陸戦隊などに支給される高機能軍用ロングコート姿のため、機付長は彼女が誰だかわからないのだろう。


「貴様らが分解した機体の元パイロットだが!?」


「ええっ!?」


 驚愕する機付長。機体の改装にかかりきりだった彼女は、ディアローズの奴隷化云々の事情はまったく耳にしていなかったのである。


「え、ってことはこの人が帝国の元総大将? 嘘ぉ……」


「嘘ではない。ま、今はそんな下らぬ地位からは解放され、このご主人様の元で奴隷をやっておるのだが」


 にへらと緩んだ笑みを浮かべつつ、ディアローズは輝星の肩を叩いた。


「本当に!?」


「本当だよ、残念ながらな」


 サキが額に手を当てながら、首を左右に振った。その態度に冗談ではないということを察した機付長は表情を凍り付かせつつ、思わず一歩下がる。


「なにそれ……というか、なぜだか"カリバーン"を複座に改造しろって命令があったんだけど、まさか!?」


「あ、ああ~……」


 そういえば、奴隷の首輪には一定以上主人から離れると爆発する機能があった。まして、戦場では妨害電波なども飛び交うのである。万が一の事故を防ぐには、同じ機体に搭乗するほかないだろう。どうやら、シュレーアが気を回してくれたらしい。


「うむ。わらわが同乗するためだろうな。故あって、ご主人様からは離れられぬ身なのだ」


「だ、大丈夫なんですかそれぇ!?」


 自軍の切り札の機体に、敵だった人間が同乗するというのは、あまり気分の良いものではない。いつ豹変して輝星を襲うか、分かったものではないからだ。いくらストライカーの操縦がうまくても、パイロットを押さえられてしまえばおしまいである。


「たぶん大丈夫でしょ……」


 今さら、ディアローズが帝国に出戻りするとも思えない。苦笑しながら彼女の方をみた輝星だったが、ディアローズはキラキラした目で輝星を見返した。


「……」


 腐っても、肌を重ねた間柄だ。彼女が何を言いたいのかは、なんとなく察することが出来た。深いため息を吐いて、輝星は言う。


「お手!」


「わん!」


 差し出された輝星の手に、ディアローズは満面の笑みを浮かべて自らの手を重ねた。


「お座り!」


「わん!」


 シュバッと音が出そうな勢いでしゃがみ込むディアローズ。その表情はどこか恍惚としている。突然始まった訳の分からないプレイに、周囲の視線がいやおうなしに集まっていた。


「この通り、すっかり従順になってくれてるので……」


「こんな馬鹿っぽい女に、いままであれだけ苦労させられてたの……」


 見てはいけないものを見た表情で、機付長は顔を左右に振った。


「ま、まあそれよりよぉ! あのヤケクソ性能のゼニスをベースに使ったんだ。"カリバーン・リヴァイブ"、相当進化したんだろ?」


 妙な雰囲気を払拭すべく、サキが言った。その横で、輝星がディアローズの頭を撫でる。嬉しそうな笑みと共に、彼女は立ち上がった。


「え、ええ。滅茶苦茶変わってますよ。もう、同じ機体と言うのは無理があるくらいです! そこで我々は、機体名を改めることにしました。"エクス=カリバーン"、それがこの機体の新しい名です!」


「"エクス=カリバーン"……」


 ほうと感心しつつ、輝星は再び視線を愛機に戻した。

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