第百八十話 傭兵募集
受動的な募集を出しても傭兵が集まらない、ならばどうするべきか。帝国の傭兵募集担当者が出した結論は、参加しただけで金の貰える説明会を開くことだった。
とある交易惑星の一角にある、大きなレンタル会議室。そこには、銀河中で活躍している有名な傭兵たちが集められていた。
「えー、皆様、本日はお日柄も良く……」
スーツ姿の帝国の武官が、冷や汗をかきながら挨拶する。彼女の目の前には、思い思いの格好をした傭兵たちがたむろしていた。いずれも、ただならぬ威圧感を放ついかにも歴戦の勇士と言った様子の猛者たちだ。緊張するなという方が無茶である。
「御託は良いから、さっさと金を寄越してくれないか?」
ひとりの傭兵がやる気のない声で言った。彼女らは名指しで集められ、この説明会に出席するだけで報酬がでる手はずになっている。その表情には、金だけ貰ってさっさと帰ろうという気持ちがありありとうかがわれた。
「ほ、報酬は我々の説明が終わり次第、皆様の口座に振り込ませていただきますので……」
ハンカチで額の汗をぬぐいつつ、武官は懇願するような口調で頭を下げた。室内の気温は決して高くはないが、傭兵たちの視線を一身に集めた彼女はタジタジになってしまっている。
「説明なんか必要ないよ。ここにきてるような連中は、だいたいの事情は調べてあるだろうからね」
一人の老婆が、手をひらひらと振りながら言った。現役の傭兵にはとても見えない年齢だが、彼女は高名な傭兵団の団長である。老婆の言葉に同調して、周囲の傭兵たちが静かに頷いた。
「ようするにあんたらは、カレンシア皇国とかいうド田舎に攻め込みたいんだろう? ああ、好きにすりゃいいさ。アタシはご免だがね」
「な……何故です! カレンシア皇国などという小国は、大した軍も持っていない! 旧式機と多少の普及型ゼニスを潰すだけの、簡単な仕事のハズ。報酬額も十分以上に出します!」
なにしろ、これ以上傭兵の募集に時間がかかれば募集担当者たちの首が物理的に飛ぶのである。帝国軍としては、出せる限界まで予算を出している。この規模の戦争の報酬としては、破格と言っていい額が出る予定になっていた。
「報酬なんてどうでもいいの! 皇国にはいるんでしょ、"凶星"が」
別の傭兵が、投げやりな態度で言った。
「え、ええまあ。そういう二つ名を持った傭兵が、皇国側についているのは確認していますが……エースの一人や二人、大した問題ではないでしょう?」
強力なパイロットは厄介だが、しょせんは個の力だ。数を頼りに押せば、なんとでもなるというのが帝国軍の考えだった。実際はそう簡単なことでもないのだが、ディアローズが詳細な戦闘レポートを送信する前に捕虜になってしまったため、本国ではこの辺りの認識が甘くなっているのである。
「はあ……」
老婆がため息を吐き、いかにも馬鹿にした様子で肩をすくめた。周囲の傭兵たちがくすくすとくぐもった笑い声をあげる。
「な、なんです!」
「"凶星"が敵側についてるんなら、アンタらは負けるよ。アレはエースなんて生易しいもんじゃあない。事実、凶兆の星さ。縁起が悪すぎて、とてもじゃないが同じ戦場に出ようだなんて思えないね」
しわくちゃの顔をゆがめながら、老婆が吐き捨てた。
「今となっちゃ、"凶星"と事を構えようなんて傭兵はそれはモグリか
どうやらこの老婆、"凶星"と戦ったことがあるようだ。妙に含蓄のあるその言葉に、別の傭兵が同調する。
「同感ね。負け戦にわざわざ突っ込んでいくようなもの好きな傭兵はそうそう居ないし、自分が
わかるかそんなもん! 帝国武官は心の中で叫んだが、なんとかそれを口に出すのはとどまった。深呼吸を何度かして、猫なで声を出す。
「またまた、そんな大げさな。噂によれば、"凶星"は男らしいではありませんか。各地の戦場で名を上げた歴戦の傭兵がたがこれだけいて後れを取ることなんて、あり得ませんよ」
「はっ!」
老婆が鼻で笑った。武官の額に青筋が浮かぶ。
「話にならないね。アタシは帰らせてもらうよ」
そう言うなり、老婆は立ち上がって出口へと歩き始めてしまった。周囲の傭兵たちも、好き勝手なことを言いながら部屋から出て行ってしまう。武官はあわててそれを止めようとしたが、傭兵たちにギロリと睨まれて怯んでしまう。
「そ、そんな……」
残された武官が、情けない声を上げた。なにしろ、今回の求人に失敗すればギロチン行きである。いっそこのままどこかの国へ亡命しようか、などと考えてしまう彼女の肩を、一人の女が軽く叩いた。
「ひとつ聞きたいことがあるんだが、良いか」
慌てて武官が振り返った先にいたのは、アイスブルーの長髪が特徴的な妙齢の傭兵だった。武官はその顔に、見覚えがある。事前に集めた資料にあった顔だ。
「あなたは……ウィベル猟犬団のマキナ団長、ですか」
戦艦すら複数保有する、この辺りでも名うての傭兵団がウィベル猟犬団だった。そのリーダーでもあるマキナは、自身もストライカーを操りトップエース級の技量を持つという。
「もちろん、疑問があるというのなら一つとは言わずいくらでも!」
彼女らを雇用できれば、最低限クビは避けられるだろう、満面の笑みを浮かべて、武官は頷いた。
「かの戦場に"凶星"が来るというのは、本当のことなのか?」
「え、ええ、はい。諜報部に寄れば、ほぼ確実かと」
「ふぅむ」
うなるマキナの顔には、確かな高揚が感じられた。先ほどまでの傭兵たちのやる気のない態度とは、明らかに違う。
「私は……いや我々ウィベル猟犬団は、
どうやら、彼女は"凶星"となにかしら因縁があるらしい。とにかく、彼女が雇われてくれるというのなら、なんとか首の皮は一枚つながりそうだ。武官は密かに、胸を撫でおろした。
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