第百七十七話 お姉ちゃん
(ああ、またやってしまった)
目覚めると同時に、輝星は深い自己嫌悪に襲われた。全身を苛む倦怠感と、身体全体に当たる暖かな他人の肌の感触が、いやおうなしに昨夜の記憶を呼び起こす。結局、輝星はサキと一夜を共にしてしまった。
「……なんだよ、その顔は」
輝星より先に起きていたらしいサキが、口をへの字にしながら言う。二人は全裸で抱き合ったまま、一つの布団に入っていた。さらに、こちらも全裸なディアローズが二人に抱き着いたままぐっすりと眠っている。
二日連続の朝チュンだ。しかも昨日とは相手が違うのだから、タチが悪いにもほどがある。言い訳のしようもないクズ男じゃないかと、輝星は内心自分に呆れかえっていた。
「いや、なんか……うん……」
「わ、悪かったよ。もうこんな無理やりしたりしないから……」
どうやらサキは、自分が強引に行為に誘ったことが輝星の不機嫌の原因だと考えたらしい。そもそも、重婚が常識のヴルド人の感覚では、輝星の葛藤など理解できるはずもない。
「別に、サキが悪いわけじゃ」
「お姉ちゃん」
断定的な口ぶりでそう言いながら、サキは輝星をぎゅっと強く抱きしめた。
「昨日みたいに、お姉ちゃんって呼んでくれよ。二人っきりの時くらいさ……」
サキはなぜか、行為の際に自分を姉と呼ぶよう強く求めた。どういうプレイだと困惑しつつも、結局輝星はそれに従ってしまったのである。しかし、輝星も実の姉がいる身だ。冗談ならまだしも、本番中にお姉ちゃん呼ばわりするのは少なからず抵抗があった。
「わ、わかったよ……」
だが、罪悪感に苛まれている最中の彼は、結局今回も頷くことしかできなかった。軽くため息を吐く彼の頭を、ディアローズの手が優しく撫でた。
「……
大きなあくびをしてから、ディアローズは笑いをかみ殺したような声で言う。どうやら、輝星とサキの会話で目が覚めたらしい。大きく息を吐いた彼女は、腕の中の輝星に頬擦りした。
「ご主人様、身体の方はどうだ? 辛くはないか?」
「……大丈夫。昨日よりは断然楽かな」
「ふむ、やはりスローセックスは正解だったか。次は
昨夜の本番では、ディアローズはサポートに徹して自分は参加しなかった。輝星の体調を考慮してのことだろう。欲求が一度満たされたせいか、彼女は帝国軍に居た頃よりかなり我慢強くなっていた。
「貴様はどうだ? 初めての男の味は楽しめたか?」
「下世話な言い方だな……」
サキがげんなりした表情になる。とはいえ、昨夜の初体験はおおむね成功と言っていい部類だった。正直に言えば、今回穏やかだった分次回はハードに行きたい気分だったが……まさか昨日の今日で次のことを話すのもはばかられる。彼女は赤くなった頬を掻きつつ、言葉を続けた。
「唇を貰えなかったのは残念だけどさ、こういうのもまあ……いいな」
軽く笑ってから、サキは輝星の額にキスする。輝星は少し照れた様子で、彼女の額にキスを返した。
「ふうむ?」
それを見たディアローズが、ニタリと笑った。そしてもぞもぞと動いてサキの背後に回り、輝星の唇を奪う。
「あっ、テメー!」
唾液の交換を伴うキスは輝星の身体への負担が大きいため、昨日は控えていたのである。にもかかわらず目の前で唇と唇のキスを見せられ、サキは憤慨した。
「くふふ。確かに媚薬入りの唾液を飲ませるのは不味いがな、逆に言えば唇にキスするだけなら問題ないのだ。それに
「むう……」
不満げな顔でその言葉を受け止めたサキは、何度か深呼吸したのち自分も輝星の唇に自らのそれを重ねた。
「……わるくねーけど、なんか妙にドキドキするな、これ」
唇から口を離したサキは、心なしか息が荒くなっていた。彼女の耳元で、ディアローズが囁く。
「まあ、我々にとっては唇へのキスは性行為を始める合図のようなものだからな」
「興奮のトリガーになるのは、男だけじゃないってわけか……」
シモの話だ。あまり輝星には聞かせたくないので、サキは小さな小さな声でディアローズに答える。お互いの一番恥ずかしいところまで見せ合った仲なので、今さらと言えば今さらなのだが……。
「まあ、そんなことは良い。ほれ、ご主人様」
肩をすくめてから、ディアローズは輝星に向かって額を突き出した。自分の額にもキスが欲しい、ということだろう。彼は軽く息を吐いて、その通りにした。満面の笑みを浮かべたディアローズが、輝星の額にもキスを返す。
「はあ」
悩ましい息を吐いてから、ディアローズは布団から離れた。全裸のままぺたんと畳にすわりこみ、窓の方を見る。昇ったばかりの太陽と爽快な青空を眺めつつ、もう一度息を吐いた。
「ああ、幸せだな。愛し愛されるということは、ここまで心を満たしてくれるものなのか」
「愛が一方通行にならなきゃいいがなあ……」
自戒する口調でそう言って、サキが輝星を抱きしめた。その優しい手つきに、輝星は苦笑する。
「一方通行じゃあ、無いと思うけどねえ……」
そう言って彼は、自分の身体に回されたサキの手をぎゅっと握るのだった。
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