第百七十八話 帰路

 休暇最終日の日程は、それはもうせわしないものだった。名目上とはいえ皇国軍の総大将であるシュレーアが長期間休暇を取ったのだから、彼女にしか処理できない案件の溜まってしまった軍部がまだ早い時間に迎えの車を差し向けてきたのである。

 温泉で身を清め、朝食を取り、そのまま急いでバスに飛び乗る……。あまりにも慌ただしかった今朝の出来事を思い出しつつ、輝星は深いため息を吐いた。


「ふう……」


 旅館を発ってから、すでに三十分が経過している。軍が迎えに寄越したバスは、あまり乗り心地が良くなかった。ガタガタと揺れる座席につかまりつつ、何か言いたげな視線を対面に座ったシュレーアに向ける。


「いや、なんというか……我が国も財政難でして、削れるところは削っていく方針と言いますか」


「しかしこれは、皇族が乗る乗り物だとはとても思えないが。浮遊ホバー式を寄越せとは言わないが、まともな車両はなかったのか?」


 げんなりした表情で、シュレーアの隣に座ったヴァレンティナがぼやく。帝国で貴族用の車両としてこんなものを用意すれば、担当者の首が物理的に飛ぶことは間違いない。


「いやあ、むしろ皇族だからといって無駄に高い車に乗っていると、市民から石を投げられかねませんからね。庶民派をアピールしつつ、節約も行う。一石二鳥というものです」


「庶民派というより庶民そのものではないかな、それは……」


 国によって貴族の立ち位置は違うとはいえ、ここまでひどい国はそうない。ヴァレンティナとしては、笑えばいいのか呆れればいいのかわからなかった。


「まあ、バスについてはもう仕方ないとしてだ。ずいぶんと現場から離れちゃったけど、軍の方はいまどうなってるの?」


 現状帝国側の出方待ちとはいえ、皇国軍もぼんやりと時間を無為にすごしているわけでもあるまい。輝星が来た当初よりはマシとはいえ、いまだ皇国軍は一戦の敗北も許されない崖っぷちの状況であるという事には変わりないのだ。


「軍全体としては、即応体制を整えつつ戦力の再建を急ピッチで進めています。姉上が頑張ってくれたおかげで、物資も随分と集まりましたし」


「姉上というと、フレアさんか」


 シュレーアの双子の姉であるフレア・ハインレッタは、皇国軍の補給関連を取り仕切っている人物だ。そのシュレーアそっくりの顔を思い出しつつ、輝星は聞く。


「ええ。旗色をうかがっていた近隣諸国へ行って、救援物資をむしり取ってきてくれました」


「ほう」


 感心した様子で、輝星は目を見開いた。大方、皇国が負ければ次はお前たちの番だぞと脅してきたのだろう。非同盟国から物資を供出させたというのは、なかなかやり手といえるだろう。


「それと、提携企業のカワシマ・アイアンワークスから技術顧問団が来ています。今は、我々のゼニスの改修を行ってくれているはずです」


「キミたちの機体は、我々のゼニスと随分と性能差があったからね。四天は脅威ではなくなったとはいえ、帝国にはまだまだ強力なエースとゼニスがある。とにかく、普通に戦えるくらいには性能を高めてもらわないと困るよ」


 偉そうな口調でヴァレンティナが注文を付けた。帝国側の超高性能機は、彼女以外全員輝星が技量で強引に撃破しているのである。シュレーアらも少しは戦えるようになってもらわないと、ヴァレンティナとしても困るのだ。


「その辺りはしっかりと注文してあります。予算も……貴女たちが随分と寄付してくれましたから、まあ十分でしょう」


 複雑な表情でシュレーアが答える。貧乏貴族であるシュレーアらと違い、ヴァレンティナやテルシスは驚くほどの資産を持っている。その一部が、軍資金として皇国に流れているのだ。戦力拡充のためにはありがたいのだが、出資者としての影響力を行使されても困る。シュレーアとしては、なかなか難しい問題だった。


「それはいいとして、帝国のほうの動きはどうなっているのです? 寝返ったとはいえ、貴女も帝国の元要職。ツテが残っているのでは?」


 皇国の諜報部は、大した成果を上げられずにいた。軍を集めていることくらいはわかるのだが、それだけだ。ここは流石大国と言ったところで、その防諜能力は小国では太刀打ちが出来ないというのが現実だった。


「向こうもわたしたちが裏切ったことは把握しているからね、あまり詳しいことは分からない。ただ、諸侯軍の組織は大方終わったらしい。今は傭兵を集めている段階だとか」


「傭兵か、なりふり構わなくなってきたな」


 唸りながら、輝星は頬を掻いた。強力な常備軍があるなら、傭兵など必要ないのである。帝国側は、なんとしても皇国を潰す腹積もりらしい。油断してくれれば楽なのだが、どうやらそうもいかないらしい。


「皇国に我が愛がついていることはすでに周知の事実だからね。キミを倒して名を上げようという、腕に覚えのある傭兵が集まって来るかもしれない。気を付けておいた方がいいかもね」


 クスリと笑って、ヴァレンティナが言った。輝星は困ったように、小さくため息を吐いた。


「有名人はツライね、まったく……」


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