第百七十六話 懇願

 サキは輝星を、自分の宿泊している部屋へと連れ込んだ。何しろ、相談の内容が内容である。事情を知っているディアローズ以外の耳には絶対にいれたくない。


「……それで、どういう要件?」


 目を細めながら、輝星は聞いた。普通の話題なら、あの場で堂々と言えばいいのである。それをせずにわざわざ自分の部屋に連れ込まれた時点で、どういう方向性の話をするつもりなのかは察しがついている。


「ええと、その」


 ほっぺたを完熟リンゴより真っ赤にしながら、サキはしどろもどろになる。面と向かって抱かせてくれというなど、あまりに恥ずかしすぎるのだ。


「なんというか、うん」


「……」


「……その」


「……」


「えー、あー……」


「……」


「……」


 もじもじ、もじもじとしつつ、サキはなかなか本題に入らなかった。ここまでくるともう、もどかしいというよりいっそ面白い。苦笑した輝星が、ぷるぷると小鹿のように震える彼女の肩を叩く。


「どういう要件……なのかな?」


「……」


「……」


 無言のまま、二人は見つめ合った。やがてサキの羞恥心が限界を迎え、拳をぎゅっと握りながら蚊の鳴くような声で言った。


「あ、あたしと……」


「うん」


「え、え、えっち、してほしい……今夜……」


「今夜ぁ……?」


 ぼそぼそと恥ずかしそうにそういうサキは大変にかわいらしかったが、しかし輝星の血圧は一気に下がった。何しろ、昨日の今日である。だいぶ、かなり、とても疲れていた。なにしろ、無尽蔵の体力を持つヴルド人二人を同時に相手をしたのだから、地球人テランにはあまりにも荷が重い。

 もちろん、サキと寝るのが嫌な訳ではない。結婚することになったのだから、いずれ経験することなのは確かなのだが……とはいえ、二日連続はキツい。昨日のシュレーアは、ちょっと怖いくらいの暴走ぶりだったのだ。サキにまであんな状態になられたら、輝星は明日の朝を迎えることが出来ないかもしれない。


「う」


 あからさまに輝星のテンションが下がったのを見て、サキが少し涙ぐんだ。が、この反応は予想されていたことだし、この程度で引き下がるなら最初からこんなこっ恥ずかしい手段には出ていないのである。勇気を振り絞り、彼の両肩をがっしりと掴む。


「た、頼む! 絶対、無理はさせないからさ……むかつくけど、ディアローズも一緒でいい! あたしが馬鹿をやらかしたら、あいつが止めてくれる」


「またあの人の差し金か!」


 輝星はさすがにげんなりした。彼女によるここ数日の一連の攻勢は、決して不快ではなかったものの精神的にひどく疲弊ひへいするには十分すぎるほどの物だったのだ。これ以上は、流石に辛いものがある。


「ち、違うんだ! むしろ、アイツからは止められたよ。けど、あたし……どうしても、お前と……その、あの……えっち、したくて……」


「むうううううん」


 輝星は唸った。サキはスタイルの良いスポーティな黒髪美女である。容姿だけ見ても間違いなく、輝星の好きなタイプの女性だった。そんな相手からこうも求められるというのは、とても嬉しいものだ。

 とはいえ昨日と今日で別の女性と寝るというのは、いくらなんでも不誠実がすぎないかと輝星の理性は囁いていた。彼の貞操観念は、かなりまともな部類なのである。身体の疲労を抜きにしても、首を縦には振りづらかった。


「た、頼むよぉ……今日を逃したら、もうずっと駄目なんだ! さすがに艦内でヤる訳にはいかないだろ!? だからさあ……」


 ほとんど半泣きで、サキは輝星に縋り付く。


「泥棒猫二匹がお前と寝た話を聞かされてさ、もう限界なんだよ! ムラムラしっぱなしなんだよ!」


「喋ったのかよぉあいつら……」


 真っ赤になりながら、輝星は両手で顔を押さえた。別に口止めしていたわけではないが、自身の行った秘め事を周囲に言いふらされるというのは、非常に恥ずかしいものがある。


「か、身体については大丈夫だ! ディアローズに聞いたんだが、スローセックス? とかいうあんまり疲れないやり方があるらしい! 今夜はそれで行こう! なっ!」


「なっ! じゃないよ……」


 時間をかけてやる分、余計に疲れるのではないかと輝星は思った。


「な、なんだよお……あいつらとはヤれて、あたしは駄目なのか? そんなに、あたしは嫌なのか……?」


「んぎぎぎ」


 湿った声でそんなことを言われてしまえば、正面から拒否はしづらい。輝星は悲壮な表情でうめいた。結婚を約束したほどの相手なのだから、当然サキのことは好ましく思っているのだ。それが悲しそうな顔をするというのは、とてもつらいものがある。


「わ、わかったよ……今夜だね?」


「あ、ありがとう……」


 不承不承うなづいた輝星を、サキは情けない声でそう言いながら抱きしめた。安堵のあまり力が入りすぎ、輝星が情けない声を漏らす。


「す、すまん!」


「本番じゃ気を付けてね……」


 何とも言えない壮絶な表情で、輝星は答えた。サキが何度もウンウンと頷く。


(戦争が終わる前に俺の命が終わらなきゃいいが……)


 驚くほど嬉しそうな彼女のその表情を見て、輝星は半ば本気でそう思うのだった……。

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