第百七十四話 第二次夜這い作戦
サキは輝星と、今日中に結ばれたいという。しかし現在の輝星はひどく消耗しており、ディアローズとしてはいささか賛成しづらいものがあった。
「いや、言いたいことはわかるよ。わかるけどさ……」
ディアローズの表情を見て、サキは慌てて弁明する。彼女とて、今の輝星がベストコンディションにほど遠いことはよく理解していた。まして、余計な負担を強いてはいけないという話をしていた直後なのだ。
「けど、今日を逃したらもうタイミング的に無理なんだよ! 休暇は今日で終わりなんだ、艦に戻った後でアイツと寝ようたって無理がある!」
「ま、兵どもにバレれば袋叩きは必至よな」
輝星が皇国兵たちの間でアイドル視されているのは有名な話だ。そんな相手と結ばれた女が出れば、どんな酷いことになるかは想像に難くない。こうして一緒に温泉旅行に来ている時点で、かなり危ういのだ。
「だいたい、艦内じゃ消灯時間後でも結構人はうろついてるんだ。こっそりあいつの部屋に忍び込むなんて絶対に無理だ……!」
「首尾よく忍び込めたところで、朝になってベッドを直しに来た従卒が見れば行為があったことなどすぐ露見するだろうからな。その点、ここは良い。宿の者もプロだ、野暮な
腕を組みつつ、ディアローズは唸った。たしかに、サキが思いを遂げるというのなら、今日を逃す手はない。
「そもそも、ご主人様を消耗させたのも貴様の尻をひっぱたいたのも、
「あ、ああ、助かる……」
複雑そうな顔で、サキは感謝した。元宿敵相手に、自分は何を頼んでいるのかと自己嫌悪しているのかもしれない。
「とはいえ、やはり無理は駄目だ。貴様、自分の自制心には自信はあるか?」
木製の椅子の座面を指で軽く叩きつつ、ディアローズが問いかける。一瞬悩んだ後、サキは頷いた。
「ああ、あの姫様よりはな」
「比較対象がいまいち信用ならぬな……まあ良い。では、唾液を使わずにゆっくりと交わる、という手はどうだ」
「えっ、キスしなくても、男って勃つものなのか!?」
ヴルド人にとって、行為前のディープキスは当然の習慣だ。その常識を真っ向から無視したディアローズの言葉に、サキが驚いた様子で立ち上がる。
「
「そ、そうなのか……スケベなんだな、
サキの祖父は
「連中も、我々だけにはスケベだなどと言われたくはないだろうがな……まあ良い」
一方、事前に
「貴様としては、もちろんいろいろとベッドでやりたいことがあるのだろうがな……今回は我慢せよ。とにかく、ご主人様を癒すつもりでゆっくりと交わるのだ」
「ゆっくりと……え、なんだそれ? そんなの、アリなのか……?」
「アリだとも。とにかくじっくり、激しく動かぬように。本で読んだ知識だが、下手に激しくするよりも時間をかけた方が気持ちがいいらしい。これならば、ご主人様もあまり疲れぬであろう」
「そ、そうか……詳しいんだな、お前」
「……処女のまま
ディアローズの年齢は二十七歳。婿取りに難儀することの多いヴルド人女性としては行き遅れというワケでもないが、周囲でも既婚者が増えてきて焦り始めてくるお年頃である。大国の姫君でも、相手が見つからない場合があるからヴルド人社会は恐ろしい。
「あ、ああ……」
センシティブな話題だ、サキも出かかった言葉を飲み込んだ。
「とにかく、この作戦は貴様が暴発したら即座に破綻する。どうだ、完遂する自信はあるか?」
「……ちっ」
サキはしばし考えこんだが、彼女の案以上に良いアイデアは湧いてこなかった。舌打ちと共に頷き、ディアローズを正面から睨みつける。
「やってやろうじゃねえかよ。こちとら腐っても騎士だ、男を傷つけるようなことは絶対にしねぇ」
「あの女も一応騎士なのだがなあ」
輝星に抱き着いて爆睡するシュレーアの間抜け面を思い出して、密かにため息を吐いた。だが、本人がそういうのなら、信用するしかあるまい。
「よろしい。では、ご主人様を口説いてこい」
「……えっ!?」
「何を驚いておるのだ、まさか寝込みを襲おうとでも思っていたのか!? 二日続けてそんなことをすれば、流石のご主人様も堪忍袋の緒が切れてしまうぞ!」
半分お前のせいじゃないか! サキは内心そう叫んだが、自分も夜這いをしようとしているのだから同じ穴の狢だ。
「とにかく、事前に了承を取るのだ。前回はなんとか平和裏に終わっているから、ご主人様の性交に対する心理的なハードルも随分と下がっているだろう。そこを突くのだ!」
「な、なるほど」
硬派なサキは、今まで男を口説いたことなど一度もなかった。それを、いきなりセックスに誘えというのだからディアローズも無茶を言う。
「無茶を言っているのは重々承知しているが、もう他にタイミングがない。どうか頼むと、慈悲にすがれば良いのだ。簡単だろう?」
「な、情けなさ過ぎるだろォ!?」
涙目になりながらそう訴えるサキだったが、ほかに方法もなく……結局、彼女は生まれて初めて男を口説く羽目になってしまうのだった。
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