第百七十三話 あたしも

「聞いといてなんだけどさあ、お前……結構凄い趣味してたんだな……」


 サウナの中で、サキが顔を真っ赤にして言った。ディアローズが語った体験談は、処女の彼女にとっては少々刺激的過ぎるものだったらしい。足をもじもじさせつつ、ジト目でディアローズを見る。


「叩かれて悦ぶなんて、どうかしてるぜ」


「気持ちがいいのだからしょうがないではないか。それに、この趣味のおかげでご主人様に負担をかけずに愛されることができるのだぞ? これは圧倒的なアドバンテージだ」


 ディアローズにとっては叩かれたり罵られたりするプレイこそが重要であり、その後の本番・・に関しては比較的あっさり気味でも満足できるのである。輝星の身体を非常に心配している彼女としては、こういった性癖を持っていたことを神に感謝したいくらいの気分だった。


「負担、ねえ」


 息を吐きつつ、サキは自らの汗ばんだ顎を撫でる。


「やっぱりさ……あいつにとってはしんどいものなのかな。その……えっちってさ」


 赤面しつつ顔を反らし、サキは言った。そのかわいらしい言い方に、ディアローズは内心噴き出しつつも、なんとか表情を崩さないように我慢した。ここで笑いだしたりしたら、拳が飛んできてもおかしくない。


「辛いというワケでもないだろうがな、体力の差がやはり大きい。向こうがへとへとでも、唾液の効果が続いていれば勃つものは勃ってしまうのだ。それをいいことに無理をすれば、よろしくないことになる」


「確かにな。あいつ、かなり貧弱だし……」


 ヴルド人であれば余裕でこなすようなストライカーの機動で吐血するのが北斗輝星という男である。無茶をしすぎれば、死んでしまうかもしれない。ディアローズが恐れていることは、サキにも理解できた。


「貴様も気を付けておくのだぞ。結婚するということは、当然そういうこと・・・・・・もするつもりなのであろう?」


 自分の話にサキが強く興味を示しているのは、サキ自身も輝星との情事を現実的に考えているからというのも大きいだろう。先駆者として、ディアローズは真面目に忠告した。


「……まあな」


 とても恥ずかしそうに、サキが答える。ディアローズはやはりと言いたげな表情で肩をすくめた。


「あのシュレーアも、わらわが止めねば少々危なかった。興奮しているときの我々は、ブレーキが壊れてしまうのかもしれぬ」


「マジか、あのヘタレが……」


 シュレーアはスケベなことには興味津々だが、いざという時には情けない態度を晒してしまうタイプだった。それが獣のように男を襲ったというのは、いささか信じがたいものがあった。


「まあ、初めてという理由も大きいであろうがな。しかし、たとえ些細なことでもご主人様には性交に悪いイメージを持ってほしくはないのだ」


 真剣なディアローズの表情に、サキは無言で続きを促した。恥ずかしくなるような内容の話だが、しかし一人の男と結婚する以上はこの手の話題は避けては通れない。


「一度経験してわかったが……肌と肌を重ねるというのは、肉体以上に心が満足するのだ。また、何度でもわらわはご主人様と交わりたい。だからこそ、お互いに気持ちよく……というのが肝要だと思う。そこで提案なのだが」


 ディアローズは、静かにサキの目を真っすぐに見た。そしてしばしもったいぶってから、言葉を続ける。


「ご主人様とする・・時は、必ずブレーキ役を連れて行って欲しい。今のところシュレーアは信用ならぬので、出来ればわらわをな」


「なんだかんだ言って、自分がヤる回数を増やしたいだけじゃないのか? それは」


 やや胡散臭そうな目つきでサキが反論する。確かに彼女のいう事ももっともだが、自分が男を抱いている姿をほかの女に見られるというのは、気分が悪いどころの話ではない。


「ブレーキ役として参加しているときは、わらわは手を出さぬ。前回は我慢できなかったが……ご主人様の負担を少しでも減らすためのやり方なのだ。二人も相手をさては本末転倒であろう」


「むう……」


 そこまで言われてしまえば、文句をつけにくい。輝星に負担をかけたくないのは、サキも同じだからだ。とりあえず一回はディアローズを同行させ、自分の自制心がしっかりしているところを見せるべきかと、彼女は思いなおした。多少の妥協は致し方がないだろう。


「しゃーねーな、わかったよ。……で、さ。一つ相談したいんだが……」


「なんだ、言うてみよ」


「ちょ、ちょっと言いにくい事なんだが……」


 ぷいと視線を逸らすサキに、ディアローズは苦笑する。こんな話をしておいて、今さら言いにくいも何もないだろう。


「同じ男を夫としたのだから、我らは姉妹も同じだ。姉として、妹の頼みならひと肌でもふた肌でも脱いでやろう」


「お前が姉って、なんかちょっと嫌だな……」


 ほんの先日まで砲火を交えていた相手の総大将である。わだかまりがないと言えば、嘘になる。


「まあいいや。あのさ、今日の夜……あたしも輝星と寝られないかな?」


「きょ、今日か~……」


 疲労困憊の輝星の顔を思い出して、ディアローズはひどく渋い表情になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る