第百七十二話 猥談

 温泉の隅に併設された大きなサウナ・ルームで、女四人が汗を流していた。シュレーア、サキ、ディアローズ、ノラである。別にサキは朝風呂に入るつもりはなかったのだが、抜け駆けをしたシュレーアら二人を放置すればまた悪だくみをしかねないとノラが言い出したため同行することになったのだ。


「せっかく女だけになったんだから、そろそろ話してくださいよ」


 ノラがいやらしい笑みを浮かべながら、シュレーアに聞く。


「話すって、何をです?」


「すっとぼけちゃって……輝星サンのアレの具合ですよ、アレの。婚約者としては、当然気になるトコロじゃないデスか」


 直球の下ネタであった。思わずシュレーアは面食らった様子で身を引き、ノラの隣で話を聞いていたサキが猛烈な渋い表情になる。どうやら二人の監視というのは単なる言い訳で、ノラは初体験を終えたシュレーアらから根掘り葉掘り話を聞くつもりらしい。


「ぐ、具合と言われてもですねえ……正直、興奮しすぎてあんまりちゃんと覚えてなかったというか……」


「だいたいのサイズくらいは覚えてるでしょ! 大きかろうが小さかろうが楽しみようはありますが、それはそれとして気になるんデスよ!」


 問い詰めるような口調のノラに、シュレーアはうへへと顔を緩ませた。どうやら、昨夜の記憶を思い出したらしい。


「存外大きかったような……ま、すぐにライト消しちゃったから、本当によく見てないんですが」


「ほ、ほう。あんなかわいらしい顔しておいて、とんだ女殺しデスね」


 ごくりと生唾を飲み込むノラ。身体は小さくとも、男の身体には興味津々のお年頃だ。突然始まった猥談に、サキが無言のまま、じっとシュレーアの方を見た。


「で、気持ちよかったんデスか?」


「ひとりでやるのが馬鹿らしくなるくらいには、ええ」


 地球人テランをはるかに超える身体スペックと性欲を持ち合わせているヴルド人である。初体験だろうが、あまり痛みは覚えないのが普通だった。


「んーふふふふ、楽しみになって来たデスね。早いとこ押し倒して、こう、ヒンヒン言わせてやりたいところデス」


 ノラの言い草は、いちいち直球だった。なにしろスラム育ちなので、貴族であるシュレーアらと違い恥じらいというものを持ち合わせていようだ。サキが『こいつ、一発ぶんなぐってやろうか』とノラを睨みつけたが、実際に手が出るより早くディアローズが諫めた。


「知っておるか、小娘。地球では貴様くらいの年齢の娘とまぐわうのは、犯罪らしいぞ?」


「……は?」


 この世の終わりのような表情で、ノラはディアローズを見る。額に浮かぶ汗は、何もサウナの熱気だけが原因ではないようだ。


「い、いや、ここはヴルド人の国デスよ! 地球人テランどもの法律なんか、関係ないでしょう!? 婚約状態なら問題ないハズ!」


「いや、まあ、そうなんですが……」


 結婚を前提としたお付き合いをしている場合なら、ヴルド人の国ではこのあたりは緩かった。もちろん限度はあるが……しかし、自分の年齢ならもう大丈夫とノラはそう考えていた。だが、ディアローズは無情にも首を左右に振った。


「ご主人様を里帰りもできない立場に追いやるつもりか? わらわとしては、とても認められぬな。気分はわからぬでもないが、せめて正式に結婚するまでは待つのだ」


「そ、そんなあ……」


 ノラは半泣きになった。ディアローズの悪だくみに協力したのも、婚約まで持ち込むことが出来ればすぐに自分も同じことが出来ると考えていたからだ。それが二年もお預けになるというのは、あまりに無体が過ぎる。若さゆえの性欲が、彼女の中ではくすぶっているのである。


「すまぬな、エロ小娘。これは決定事項だ」


「誰がエロ小娘デスか!」


 お前だよと、ノラ以外の全員が内心思ったが口には出さなかった。


「代わりにわらわの体験談を聞かせてやろう。こう、四つん這いになってな。突き出した尻を、ご主人様に平手で何度も……」


「嫌がらせかボケ!!」


 半分本気で怒ったノラが、ディアローズの腕をつかんでガクガクと揺する。どう考えてもディアローズが悪いため、シュレーアもサキもそれを止めはしなかった。


「ま、まあ、その分融通は利かせますよ。二人っきりのデートとかね」


「デートって、おこちゃまじゃあるまいし……」


 ディアローズを揺するのをやめ、ノラはジト目でシュレーアを見た。いや、デートが嫌な訳ではないが、機嫌が悪いのでゴネているのである。シュレーアもそれは理解しているので、苦笑して言葉を続ける。


「青春的でいいじゃないですか。私があなたくらいの頃なんか、女ばかりの軍学校ですし詰めになってましたからね。男の子とデートなんて、夢のまた夢でしたよ」


「あたしも似たようなもんだ。正直、お前が羨ましいよ。年下として甘えられる立場は、お前だけなんだぜ?」


「いや、ワタシは甘えるより甘えられたいタイプなんデスが……」


 深いため息を吐いて、ノラはシュレーアとディアローズを見た。どうも、ゴネたところで認めてもらえるような雰囲気ではない。まあ、口ではああいったが、二人きりでデートと言うのは確かに悪くない。その時にこっそり、押し倒したり誘惑したりと悪戯をすれば、それはそれで楽しめるだろう。そう考え、ノラは結局妥協することにした。


「はいはい、わかりましたよ。仕方ないデスね」


 ノラは手をひらひらと振り、立ち上がった。そしてサウナの出口に向けて歩き始める。


「もう出るんですか?」


「時間がもったいないデスからね。アナタがたは随分と輝星さんと"大人の仲良し"をしたみたいデスから……せいぜいワタシは"子供の仲良し"で楽しませてもらうデス。それくらいは当然、認めてもらうデスよ」


 どうやら、輝星にちょっかいを出しに行く気らしい。疲れ果てた彼の表情を思い出して、シュレーアは慌てて立ち上がった。我慢を強いた以上あまり強くは言えないが、無体なことを要求しないよう監視する必要があるだろう。


「ああ、待ってくださいよ。輝星のところへ行くなら、私もついていきます」


「もー、お邪魔虫」


 ワイワイとにぎやかに離しつつ、二人はサウナを後にした。暑い空気の満ちた密室に、沈黙が下りる。しばしして、サキがおずおずと口を開いた。


「……なあ」


「なんだ?」


「その……あいつと、どんな感じでヤッたんだ? いや、興味がある訳じゃないが、一応参考にな……」


 どうやら、卑猥な話題に興味津々なのはノラだけではないらしい。ディアローズは思わず苦笑した。


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