第百六十五話 夜這い

 その夜。輝星は悶々とした様子で自室の布団の上に正座していた。落ち着かない表情で携帯端末を一瞥し、時刻を確認する。すでに、夜中と言っていい時間帯だ。小さくため息を吐いて、腕を組む。


「早まったか? 早まったよなあ……」


 不安はある。不安はあるが、彼とて童貞だ。期待がないと言えばウソになる。彼がうーうーと唸りながら布団にへたり込んだ、その時だった。部屋の扉が、ノックもなしに開け放たれる。


「待たせたな」


 現れたのは、待ち人――ディアローズ。だが、その後ろには思わぬ人物がいた。


「お、お邪魔します……」


 シュレーアである。彼女は真っ赤な顔をして、ひどく挙動不審な様子だった。それを見た輝星が赤かった顔を蒼白にする。


「え、おま、なんで!?」


 あまりにも言葉足らずだったが、彼が何を言いたいのかディアローズは理解していた。理解していたが、それは完全に無視して彼女はシュレーアの尻をペチンと叩く。


「そら行け! ロックを解除して待っていた時点で勝ち確定だ! 後は押すだけだぞ!」


「は、はひっ!」


 ディアローズに促されるまま、シュレーアは輝星に向かって突っ込んだ。そして立ち上がろうと身を起こしていた彼を、そのまま押し倒す。両者の身体能力の差は歴然であり、当然輝星はまともに抵抗すらできずふとんにぐいと押し付けられた。


「……」


「……」


 無言のまま、両者が見つめ合う。輝星もシュレーアも、頭が真っ白になっているようだ。若干あきれた様子で、ディアローズは再びシュレーアの尻を平手でたたいた。


「さっさと口説け!」


「ぐっ……」


 後ろを振り向き恨みがましい目で見るシュレーアだったが、この状況に持ち込めたのは彼女のおかげである。流石に文句は言えない。


「え、ええと、その、申し訳ありません。こんな、無理やり押し倒すようなマネをして」


 うるんだ瞳で、シュレーアは輝星の目を見つめた。


「ただ、その……もうすぐ、輝星さんのお仕事も終わりじゃないですか。だから、そのまま離れ離れになるのが怖くて……」


「……確かに、次の戦いに勝てばたぶんこの戦争も終わるだろうからね」


 なんとか冷静なふうを装いつつ、輝星は答えた。帝国側ももはや余力は少なく、戦えてあと一会戦程度だろう。もっとも、本国艦隊がやってくる以上勝利をつかむのはなかなか難しいだろうが……。とはいえ、勝つにしろ負けるにしろ、戦争終結が秒読みに入っているのは事実だった。


「私は……もう、貴方なしの生活なんか、考えられないんです。大好きなんです! 輝星さんが! ……だから、一生、一緒に居たいと……つまりは、結婚したいと。そう思っています」


「……」


 シュレーアの、一世一代の告白だった。輝星も彼女が前々から自分に好意を向けていたことは理解していたし、結婚したいだのどうだのという言葉を口走っていたことも覚えている。とはいえ、こうも真正面から告白されれば、気恥ずかしくなってくる。輝星は先ほどまでとは別の意味で赤面した。


「だから、その……どうか、私を受け入れてもらえませんか?」


 この場合の受け入れるというのは、もちろん精神的なものではないだろう。その証拠に、彼女の目の奥には性欲の炎がハッキリと燃えていた。これにはさすがに、輝星も身を固くする。何しろ、ヴルド人との性交はシャレにならないのだ。だが、いつの間にか彼のすぐそばまでやってきていたディアローズが、耳元で艶めかしく囁いた。


「安心せよ、わらわが居る。この女が暴走すれば、身を張って止める」


 輝星は目を白黒させたが、興奮と緊張で精神がいっぱいいっぱいになっているシュレーアの目には、ディアローズは映っていないようだった。全く気にせず、言葉を続ける。


「もし、それが嫌なら……どうか拒否してください。すぐに、部屋から出ていきます」


 ぷるぷると震えつつ、不安そうな声音でシュレーアは言った。別に彼女は、輝星を手籠めにしたいわけではないのだ。心も体も欲しいのである。それが叶わないのならば、潔く身を引くだけの覚悟はあった。


「そ、その時は……もう、私は二度と輝星さんとは関わりません。未練がましい真似は、絶対しないと誓います……」


 シュレーアはもう泣きそうな様子だったが、対してディアローズは楽しそうにくふふと笑った。そしてまた、やたらと色っぽい声で囁く。


「いいのか? この女を逃して。いま手を伸ばせば、手に入るのだぞ?」


 まるで悪魔のささやきだった。ニタニタと笑いつつ、言葉を続ける。


「不安に思うことはない。ご主人様はただ、己の望むまま行動すればよいのだ」


 望むままと言いつつも、それはディアローズによって誘導されたものだ。しかし今の輝星に、そんなことを考えるだけの余裕は一切ない。昨夜から続いた誘惑ラッシュによって限界に達していた彼の理性は、ここへきて完全に死んだ。輝星は本能のまま、シュレーアの唇に自らの唇を重ねた。


「……」


 シュレーアは歓喜の表情を浮かべつつ、ヴルド人特有の媚薬成分のタップリ入った唾液を彼の口内に流し込む。これでもう、お互い止まれなくなった。

 

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