第百六十六話 朝

 心地よい暖かさに包まれて、輝星は目を覚ました。寝ぼけまなこをこすりつつ、周囲を見まわす。一糸まとわぬ姿のシュレーアが、自分に抱き着いて爆睡していた。当然、輝星自身も裸である。


「や、やってしまった……」


 シュレーアに抱き着かれたまま、輝星は頭を抱えた。酔っていたわけでもないので、昨夜の記憶ははっきりしている。ゆうべはお楽しみでしたね、案件だ。完全に勢いに流され、成り行きのまま身体を任せてしまったのである。しかも、プロポーズそのものといえる言葉をかけられたうえで、だ。


「なんてことを……」


「くくく、まあそう気に病むな」


 懊悩する輝星に、声がかかる。そちらに目を向けた輝星が見たのは、なぜか畳の上でうつぶせに寝転んでいるディアローズだった。当然の如く、彼女も全裸だった。


「性欲に身を任せた結果、人生が無茶苦茶になるなどよくあることだ。しかし、それは必ずしも悪い方向に転がるとは限らぬ。そう、わらわのようにな……」


 ひどく含蓄がんちくのある言葉だったが、それはそれとして体勢が間抜けなので妙に格好がつかない。輝星は半目になって聞いた。


「……なんでそんな格好してるの?」


「いや、ご主人様に叩かれた尻が痛くてな。素晴らしいお尻ぺんぺんであったぞ、くふふふ……」


 輝星は再び頭を抱えた。言われてみれば、そんなことをした記憶もある。無論、ディアローズに求められてのことだ。昨夜の戦いはシュレーアが先鋒となって始めたものだが、当然ディアローズも途中から本格的に参戦した。強く求められてのこととはいえ、彼女には随分と無体なことをやってしまった。


「ご、ごめん」


「何を言う、こちらはまた次も同じようにしてもらいたくてウズウズしておるのだ。この程度で罪悪感など覚えていては、この先やっていけぬぞ」


「……次もあるんだ」


「一線はすでに超えておるのだ。やらぬ理由はないと思うが? ん?」


 むくりと起き上がったディアローズはニヤリと笑い、ずりずりと畳の上をにじり寄ってきた。そしてそのまま、輝星の額にキスする。


「んふ。いいなあ、実にいい。まさか虜囚の身になって、ここまで幸せな思いができるとは思わなんだ。……余計な女が混ざっておるのが、ちと気に入らぬが」


 口では悪く言いつつも、ちらとシュレーアの方を見るディアローズの目つきは優しげだった。視線を輝星の方へ戻したディアローズは彼の頭をくりくりと撫で、添い寝するように隣で横になる。裸だというのに、一切の恥ずかしさを感じていなさそうな態度だった。


「ご主人様の方も、思っていたよりは身体が楽だったのではないか? 何しろ、このポンコツ女が無茶しようとするたび、わらわが止めてやったからな」


 その言葉に昨夜の記憶がよみがえり、輝星は赤面した。確かに、シュレーアにはだいぶ難儀をさせられた。もしこれが一対一であったのなら、輝星は女性恐怖症になってしまっていたかもしれない。スイッチの入ったヴルド人女性は、獣のような獰猛さがある。


「う、うん、まあ……体は重いけど、それくらいだし。思ったよりは、よかったというか……」


「言っておくが、わらわは例外側の人間だ。このポンコツ女の方が、むしろ普通だろう。我が愚妹も、あの牧島とかいうサムライも、ベッドでは似たようなものだと思うぞ。命が惜しくば、わらわのあずかり知らぬところで奴らと寝ないことだ」


「一応さ、告白を受け入れてこうなったわけだから……俺が浮気するみたいないい方は、やめてほしいなあ……」


 むろん輝星とてまともな貞操観念はあるし、脱童貞したからといって女遊びを始めるつもりはない。しかしその言葉を聞いたディアローズは、意味深にくふふと笑った。


「なんだよその顔は……」


 たしかに同時に二人の女性と関係を持つというのは、一般的に考えて不誠実だろう。しかし今回の場合、シュレーアとディアローズの側が結託してコトを起こしたのだから、流石に自分は無罪だろうと輝星は考えていた。


「まあいいや、ちょっとのど乾いた。水を……」


 ため息を吐きながら、輝星は布団から出ていこうとした。だが、熟睡したままのシュレーアが彼を離さない。ぎゅっと後ろから抱きすくめたまま、「だめ、私のぉ……」と悩ましい寝言をあげた。


「……」


「うむ、ここは奴隷らしくわらわが働こう」


 輝星の頭をぽんぽんと優しくたたいてから、ディアローズは立ち上がった。備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを出してコップに注ぎ、輝星の下へ持ってくる。彼は寝ころんだまま、なんとかそれを飲ませてもらった。


「ありがと。しかし、参ったな……これは」


 三人だけで泊まりに来ているのなら、このまま余韻を楽しむのも悪くないだろう。しかし、団体旅行である以上そうはいかない。他のメンツにこの事態が露見すれば、大変なことになるのは確実だ。


「そういえばな、ちょっとこれを見よ」


 そんな彼を見たディアローズは酷い悪い顔をして、枕もとに置いてある輝星の携帯端末を手に取った。それを起動し、いくつか操作をした後画面を輝星に見せてくる。


「これは……」


 そこに表示されていたのは、抱き合ったままで眠る輝星とシュレーア、その隣で満面の笑みを浮かべてピースサインをするディアローズの三人が写った写真だった。とうぜん、全員全裸である。おそらく、輝星が起きる直前にこっそり撮ったものだろう。


「なんて写真撮ってるのさ!!」


 さすがに焦る輝星だったが、そんな彼にディアローズはさらに笑みを深くした。


「これの写真をな、さっき牧島サキの携帯端末に送っておいた。今に怒鳴り込んでくるはずだから、覚悟を決めておいた方がいいぞ」


 とんでもない発言に輝星が絶句した、その時だった。タイミングよく、部屋のドアが猛烈な勢いで叩かれる。


「おいコラ!! 開けろ!!」


「あああああああ、なんてことするの!!」


 修羅場が始まった。

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