第百六十話 目覚め

「うう……」


 それから三十分ほどたって、輝星は目を覚ました。彼の膝枕していたシュレーアは、内心の獣欲を隠しつつ優しげな笑みを浮かべる。


「おはようございます」


「う、ああ……おはよ……」


 寝起きだというのにひどく疲れた様子で、輝星は挨拶を返した。そしてシュレーアの膝から頭をどけ、目をこする。


「酷い夢を見たよ。ライオンだがトラだかチーターだかわからない生き物に食われそうになってた……」


「あはは、それは災難でしたね……」


 原因が自分たちにあることはシュレーアも理解していたが、さりとて変態行為をしていたことをバラすわけにもいかない。結局、シュレーアは曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。


「ところで、なぜ膝枕を……?」


「何故と言われましても」


 やりたかったからやったのである。特に理由などないが、確かに輝星の側からすれば疑問だろう。答えに窮したシュレーアだったが、結局静かに首を左右に振った。


「なんとなく」


「なんとなくか……」


 しかし、輝星は寝不足のせいか頭がしっかり回っていない様子で、それ以上追及はしてこなかった。彼はもぞもぞと立ち上がり、自分の身体を見る。


「うわ、ひっどい汗。こりゃ、相当臭かったでしょ。ごめんよ」


「なんてこと言うんです! むしろ、いつまでも嗅いでいたくなる香りでしたよ!」


「ええ……」


 それはそれでドン引き案件である。輝星に何とも言えない表情を向けられたシュレーアは、真っ赤になって顔を布団に埋めた。


「す、すみません……」


「ま、まあいいや。そういえば、ディアローズは?」


「お風呂へ行きました」


 シュレーアは布団から顔を離さず答えた。


「ああ、なるほど。じゃあ、俺も行ってこようかな。こんなに全身びしょぬれじゃあ落ち着かない」


「あ、お供しますよ。じゃあ」


 顔を上げてシュレーアが提案する。むろん混浴はできないが、エスコートくらいはしたいのである。だが、輝星は首を左右に振る。


「いや、一緒に部屋から出てくるのを誰かに見られたら不味いでしょ。俺が出た後、こそっと部屋から脱出したほうがいいよ」


「う、確かに……」


 サキかテルシスあたりにこのことが露見すれば、今夜の計画は間違いなくおじゃんになってしまうだろう。それだけは絶対に避けなくてはならない。輝星は肩をすくめると、携帯端末をちらりと見て時間を確認した


「まだ朝食には早いけど……風呂入るならあんまり余裕はないな。ごめん、行ってくるよ」


「ええ、はい。行ってらっしゃい」


 荷物から手早く着替えの入った袋を引っ張り出した輝星は、シュレーアに手を振ってから出入り口に向かう。雪駄を履いて、ドアを開くと……そこには腕を組んだノラが立っていた。


「ッ!?」


 予想外の出会いに、輝星は慌てつつも素早くドアを閉めた。中のシュレーアを見られるわけにはいかない。


「おはようございます。おやおや、どうしました? 随分と慌ててるみたいデスが」


「いや、はは。なんでももない。おはよ」


 笑って誤魔化そうとする輝星だったが、ノラは冷たい笑みを浮かべてずいと身体を寄せてきた。そして、すんすんと音を立てながら彼の身体の臭いを嗅ぐ。


「おや、おやおやおや……おかしいデスね。輝星サンから女の臭いがしますよ? 妙デスねえ……」


「うげぇ」


 明らかに確信があってやっている表情だ。とてもではないが、誤魔化しがきく状況ではない。しばらく苦虫をかみつぶしたような表情で思考する輝星だったが、結局素直に白状することにした。


「いや、なんというか……その……同じ布団で寝ただけなので……」


「ほーん」


 笑みすら消し、冷たい無表情で輝星の背中側にあるドアを睨みつけるノラ。輝星はあわてて彼女の肩に手を置いた。突入でもされてシュレーアと大喧嘩でもされたら堪ったものではない。


「で、でもさ、凄いタイミングだな。まだ早いから、まさかバレるとは……」


「早朝から張ってたんデスよ。正直なことを言えば、どこぞの元上官のクソ女がこの部屋から出てくるのも見てました。さっきのはあくまで問い詰めるためのポーズデス」


「うわ、そこまで見られてたのか……」


 完全に現行犯逮捕だ。もはやどのような言い訳も通用しないだろう。輝星は顔を青くした。


「ああ、安心するデス。アナタを責める気はありません。女に本気で迫られたら、男の力で逃れるのは無理デスからね。それに、敵はあの頭だけは回るクソ女。どうせ、卑怯な策で拒否できないようにして強要されたんでしょ?」


「う……」


 確かに強要はされたが、それはそれとしてタイプの違う美女二人に挟まれて眠るのはなかなかに刺激的な経験だった。輝星としては、役得と感じなかったわけでもないので……一方的に被害者扱いされると、それはそれで罪悪感を覚えるのだ。


「ま……ヤッたわけではないようデスし、これ以上の追求はしませんよ。しかし……」


 ニヤと、ノラは悪魔的な笑みを浮かべた。


「獲物に他の女の臭いがついてるのは気に入りませんからね。私の手で洗い流させてもらうデスよ」


「ん? んんっ!?」


 聞き捨てならない事を言われ、輝星の頭は混乱した。ただでさえ、寝不足と興奮で少しボケているのである。顔を赤くしたり青くしたりしている彼の鎖骨を、ノラは指でツツツとなぞった。


「要するに、混浴を要求するデス。……ああ、安心してください。どうせ男湯はアナタだけの貸し切り状態なんデスから、バレやしませんよ」

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