第百五十九話 朝からエキサイトする姫君たち
翌朝。シュレーアがゆっくりと目をあけると、眼前には安らかな表情を浮かべたディアローズの顔があった。
「うえっ」
朝から気持ち悪いものを見てしまったと言わんばかりの様子でシュレーアは呻く。非常に整った容姿なのが腹立たしい。さっさとこの地獄絵図から脱そうと体を動かしたが、全身がディアローズの長い手足によってガッチリとホールドされているためまともに身動きが取れない。
「うう……」
シュレーアとディアローズの間で苦し気な声が上がった。輝星である。彼は二人の美女に挟まれたまま、苦悶の表情を浮かべている。さながらサンドイッチの具だった。
「あ、まず……」
慌ててシュレーアは動きを止めた。彼が朝方まで起きていたことは知っている。体力のあるシュレーアは一日二日の徹夜など大したことではないが、輝星はそうはいかないだろう。しっかり寝かしておいてあげたいところだ。
「……ふへへ」
輝星の顔を見て、シュレーアは蕩けた表情を浮かべる。
「しかし邪魔ですね……」
憎々しげに、シュレーアはいまだ惰眠を貪るディアローズを睨みつけた。せっかく輝星と密着しているというのに、彼女に拘束されているせいでいまいち楽しめないのである。
「あいたっ!」
仕方ないので、シュレーアはディアローズの顔面に頭突きした。もちろん手加減はしているが、小さく悲鳴をあげて彼女は覚醒する。
「な、なんてことをするのだ、貴様」
「輝星さんが苦しそうなんですよ。さっさと離しなさい」
「おっと!」
ディアローズとニヤリと笑い、自らの胸元に埋まった輝星の方へ目をやった。彼を起こさないようそっと体を離す。
「むう、手も足も痺れてしまった」
しかし、がっしり輝星とシュレーアを掴んでいたせいで、彼らの身体の下に入っていた手足はすっかり麻痺していた。布団からそっと出てきた彼女は「うむむむむむ」と唸りながら畳の上をゴロゴロと転がる。
「まったく」
呆れつつ、シュレーアはフリーになった輝星をぎゅっと優しく抱きしめた。二人に挟まれたせいか彼は汗でビショビショだったが、愛しい相手のものだと思うと嫌悪感を覚えるどころか興奮すら覚える。シュレーアは彼のうなじに鼻を当て、深呼吸した。
「ふへえ……」
「……本番は今夜なのだから、絶対に暴走するでないぞ」
「わ、わかってますよ。……いや、寝ている輝星さんにコッソリ、というシチュには興味はありますがね。流石に初めては真面目にやらないと」
「本当に分かっておるのか疑わしいな……」
呆れながら、ディアローズはやっと痺れが取れてきた手足をプラプラと振る。そしてニヤリと笑って輝星ににじり寄ると、その眠りが深いことを確認してから汗の浮かんだ頬をペロリと舐めた。
「うわ、変態……」
「今の貴様の姿を鏡に映して見せてやろうか!?」
汗まみれの男のうなじで深呼吸する女だけには言われたくないと、ディアローズは憤慨した。流石にこれには反論できず、無言で輝星の香りを堪能する作業に戻るシュレーア。ディアローズもそれ以上は追及せず、頬や首元に舌を這わせる。
美女二人に美少年が貪られている絵面はひどく倒錯的だったが、やられている本人はたまったものではない。疲れからか目こそ覚まさないものの、彼は眉根に皺を寄せて唸り始めた。
「うう……俺は食っても美味しくないぞ……」
「嘘をつけ、極上の美味に決まっておるわ」
粘着質な笑みを浮かべつつ、ディアローズは顔を離す。ここで目を覚まされでもしたら、問答無用で警察案件だ。
「さて、
「おや、何か用事ですか?」
変態行為はやめるにしても、輝星の寝顔を見ているだけでもなかなかに眼福だ。シュレーアは輝星が目覚めるまでこの部屋に居続けるつもりだったのだが、ディアローズはそうはしないらしい。
「うむ、まだ少し仕込みがあるからな」
「仕込み?」
「言ったであろう? 次々攻勢を仕掛けると。添い寝なぞまだ序の口よ」
「ま、まだ何かするつもりですか? 牧島中尉やテルシスさんに見つかったら、監視が強化されて夜に出歩けなくなりそうですが……」
なにしろ、一晩中手を出さないまま肌を重ね続けていたのである。シュレーアの中の忍耐は、すでに限界に達していた。それでもなんとか我慢し続けられているのは、今夜の夜這いを絶対に成功させるという気概があってこそである。万が一にでも失敗するわけにはいかない。
「うむ、その通りだ。だから、別の者を使う」
「……え?」
「奴隷の身の上である
まさか他にも協力者がいるとでもいうのだろうか? シュレーアは不安になって問いただそうとしたが、それより早くディアローズは言葉を続ける。
「ま、しかし……先に風呂だな。下着が酷いことになってしまった……」
「うえっ……そういうこと、はっきり言わないでくださいよ。気持ち悪い」
「くくく……いや、すまぬすまぬ。だが、風呂が必要なのは
シュレーアは口をへの字にしてディアローズを睨みつけたが、彼女のいう事にも一理ある。名残惜しそうな様子で輝星の身体を離し、布団から出る。
「しかし、一晩お邪魔したというのに寝ている間に部屋から出ていくのも無作法です。私はシャワーで我慢しますから、貴女は一人で朝風呂でも楽しんできなさい」
この宿の目玉は温泉ではあるが、一応各部屋にはシャワールームが備え付けになっている。手早く体を洗うのなら、そちらを使った方が速いだろう。
「うむ、言われずともそうさせてもらうとも。ここの温泉はなかなか加減が良いからな」
そう言いながら、ディアローズは手をひらひらと振って部屋から出て行った。それを見送った後、シュレーアが恐る恐る布団から顔を出した輝星へと近づく。そしてその額に唇を当てようとしたが、流石に相手が寝ているときにこれをするのは不味い。そう思いなおして、額の代わりに頬にキスする。
「……やっちゃった」
悪戯っぽく笑った後、シュレーアはシャワールームへ向かうのだった。
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