第百五十八話 添い寝

 今まさに布団に入ろうとしていた輝星は、耳に入ってきたインターホンの電子音に眉をひそめた。枕もとの携帯端末で時計を確認するが、来客にしてはやや非常識な時間である。ため息を吐き、リモコンで照明を点灯する。


「はいはい……」


 室内は純和室だが、出入り口だけはセキュリティのため丈夫なドアが据え付けられている。覇気に欠けた声で返事をしながら、輝星はドア横の液晶モニターで来客の顔を確認した。


「……なんかヤな予感がするなあ」


 ドアの向こうにいたのは、シュレーアとディアローズだった。二人とも、期待と緊張の入り混じった表情が隠せていない。何か企んでいることは確実だが、居留守を使うわけにもいかない。ロックを解除し、ドアチェーンをかけたまま扉を開ける。


「どうしたの、こんな時間に」


「いや、すまぬな。どうしてもやらなくてはならぬ用事があってな」


 そう言ってディアローズは、ちょいちょいと手招きをする。耳を貸せ、ということらしい。後ろのシュレーアに聞かせたくない話なのだろうかと疑問を覚えつつも、輝星はそれに従う。


「あの牧島サキとかいう女と同衾したことを皆にバラされたくなければ、我らを部屋に入れるのだ」


「ンンッ!」


 渋すぎるお茶を飲んだような表情で、輝星が唸った。確かにサキと同じ布団で寝たことはあるが、それは惑星センステラ・プライムでお世話になった農民の家でのことだ。


「な、なんでそれを……」


「初めてわが愛機にご主人様を迎え入れた時、あの女の臭いがした。普通に身を寄せ合った程度では、あれほどにおいはつかぬはずだ」


「うぐぐぐ……」


 別にいやらしいことをしたわけではないのだが、この事実が周囲に知れ渡れば相当に面倒くさい事態になるのは明らかだ。ひそひそ声で語っているあたり、今はまだシュレーアもこのことは知らないのだろう。不安は覚えないでもないが、とりあえず今はディアローズに従った方が良いと判断する。


「……どうぞ」


 結局、輝星はドアチェーンを外して二人を室内に迎え入れた。


「い、いったい何を言ったらこんなアッサリ部屋に入れてくれるんですか……」


「ヒミツだ」


 ディアローズは自信満々に、シュレーアは恐々といった様子で二人は靴を脱ぎ部屋に上がる。輝星はドシンと布団の上に腰を下ろすと、座布団に座った二人を不審そうな目つきで見た。


「で、お二人はどういう要件で? 枕投げ大会でもする?」


「魅力的な提案だが、ちがう」


 ニヤリと笑い、ディアローズは首を左右に振った。それにシュレーアが続く。


「実は、その……添い寝をお願いしたいなと、そう思いまして」


「んっぐ」


 どストレートな要求に、輝星が変な声を上げる。


「ま、また、いきなりだなあ」


「いや、ほら……前にキスの約束をしていたでしょう? 私たち。でも、やっぱりキスより添い寝の方がいいかなって思って……変えてもらうかと」


「あのセクハラ子爵の時のか……」


 惑星センステラ・プライムで出会った帝国の子爵が皇国に寝返る条件が、輝星のキスだった。それにやきもちを焼いたシュレーアは、自分にもキスをしてくれとせがんだのだ。結局いろいろあったせいでその約束は今まで放置されていたのだが……。


「だ、駄目でしょうか?」


 いいかダメかで言えばダメなのだが、シュレーアの後ろに座ったディアローズの笑顔が怖い。サキとの同衾をバラされれば、ノラあたりが『人には節度を求めるのに自分は別か』と怒り出すのは目に見えている。せっかくの慰安旅行で人間関係がギスギスするのは避けたい。


「……いいよ」


 結局、輝星には頷くしか選択肢はなかった。


「安心せよ。添い寝以上のことをしようとすれば、わらわが身を張って止める。そのためにわざわざ同行したのだからな」


 今日のところは、であるが……。真意を隠し、ディアローズは肩をすくめた。


「と、いう訳でわらわも同じ布団に入らせてもらうぞ。監視のためだ、致し方あるまい?」


「ンンンンン!」


 もはや否と言えるような状況ではない。輝星は破れかぶれとばかりに布団にもぐりこみ、カタツムリのように隠れた。二人は顔を見合わせ、勝利の笑みを浮かべる。


「で、では失礼して……」


 輝星の右側に、するりとシュレーアが入る。風呂上がりの良い香りが鼻をくすぐり、彼の心臓が跳ねた。さらに、追い打ちとばかりにディアローズが左側に入ってきた。彼女は華奢な輝星の身体を両手で包むと、自らの豊満な胸にぎゅっと押し付けてくる。


「一人用の布団に三人も入ると狭いからな? きちんと布団の中に体を収めるための、必要な措置だ」


 平常心を心掛けている輝星も、これには冷静ではいられない。ディアローズの身体は柔らかく刺激的だった。


「ほれほれ、貴様もくっつかぬか。身体を冷やして風邪をひくぞ?」


「は、はい」


 シュレーアは慌ててリモコンで電灯を消し、緊張に震えつつ輝星に体を押し付ける。ディアローズには豊満さで劣るものの、適度に鍛えられたその身体はハリがあり触り心地がとても良い。輝星はもう、寝られるような状態ではなくなってしまっていた。


「ど、どうしてこんなことに……」


 困惑する輝星だったが、彼の受難はまだ始まったばかりだった。

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