第百五十七話 作戦会議

 その夜、シュレーアとディアローズは夜間照明に照らされた薄暗い廊下を二人で歩いていた。すでに消灯時間はとっくに過ぎており、周囲はしんと静まり返っている。


「実のところを言うとな、貴様らの覗き行為をテルシスらに伝えたのはわらわだ」


「みょ、妙に動きが早いと思ったら、貴女が犯人だったんですか!?」


 唐突な告白に、シュレーアは目を剥いて叫んだ。もちろん、後ろめたい理由での外出の真っ最中だ。声は控えめにしている。


「わ、私がどれだけあの正座地獄で苦しんだと……!」


「作戦上致し方のない犠牲だ。貴様らが自爆をかましたおかげで、お邪魔虫であるテルシスとサキの注意が別に向いているのだ。事前に陽動を行って敵の目をそらすのは、戦術としては常道であろう?」


「……確かに。ヴァレンティナにしろノラさんにしろ、一人部屋だったのに監視のために二人部屋に移されましたからね」


 ヴァレンティナにはテルシスが、ノラにはサキがそれぞれ監視についている。せっかく一人部屋でのびのびと過ごせるはずだったのにと、二人は相当不満そうだった。


「ちなみに、貴様の監視はわらわが担当することになっている。まあ実際は監視どころか共犯関係なのだがな」


「……よく牧島中尉とテルシスさんを納得させられましたね、貴女の立場で」


「腐っても恋敵だ、一人だけいい思いをさせたくはないと説明した。案外簡単に納得してくれたとも」


「……二人でいい思いをするつもりなんでしょう?」


 半目になりながら、シュレーアは聞いた。なにしろ、彼女の表情はやる気満々だ。だいたい、シュレーア一人に添い寝させるつもりであれば、ディアローズが同行する必要はないのである。


「無論だ。一人より二人の方が効果的だし、役得もある。これぞ一石二鳥というやつだ」


「効果的、ですか。そもそも、何の目的があって輝星さんと添い寝を? いや、もちろん特に目的が無くてもやりたいと言えばやりたいのですが」


「うむ、簡単なことだ。ご主人様から余裕を奪い、判断力を低下させる。基本的には、わらわが戦場でとった対"凶星"戦術と同じ考え方といえるな」


「余裕……?」


 ピンとこない様子のシュレーアが小首をかしげる。ディアローズはやや馬鹿にしたような表情で指をくるくると回した。


「貴様、あの男には性欲がないとでも思っておらぬか?」


「えっ、いや、そりゃあ……男の子ですし」


 ヴルド人男性の性欲は薄いのが普通だし、そもそも彼女は彼氏いない歴=年齢の処女である。異種族の男の感覚を理解するのは不可能に近い。


「はあ……そんなのだから、貴様はダメなのだ」


 が、同じ彼氏いない歴=年齢をより長く続けているディアローズは偉そうにそんな彼女を否定する。


わらわが観察する限り、彼は女を見ても何も思わない枯れ木のような男ではない。たんに、女に手を出すリスクが大きすぎて我慢しているだけだ」


「……ほう」


 興味深そうな顔で、シュレーアは続きを促した。


「だから、次々攻勢を仕掛けて我慢する余裕を引きはがす。性欲が溜まりに溜まったら、まともな思考回路など吹っ飛んでしまうからな……」


 そう語るディアローズの声には、ひどく実感が籠っていた。ほぼ自爆とはいえ、彼女は性欲が暴走したばかりに大国の次期皇帝から奴隷にまで転げ落ちた人間なのである。この作戦は、同じことをやり返してやるという理念で組み立てられていた。


「手始めに同衾だ。一晩中女と女に挟まれて身動きが取れない状況に追い込む」


「……でもそれ、よく考えたら私たち二人で同じ布団に入るってことですよね? 正直辛くないですか?」


 女同士同じ布団で寝るのは、ヴルド人の感覚では正直辛いものがあった。姉妹ならまだ許せるのだが、相手はほぼ他人である。


「やかましい。わらわとて必要がなければこのようなことはしたくないわ!」


 もちろん、それはディアローズとて同じだ。しかし、作戦を遂行するには必要な犠牲でもある。


「しかし、しかしだ。本番も二人でやるのだぞ? 今のうちに慣れておかねば、あとでやっぱり無理ですとなったら作戦自体が崩壊する。今回はその予行演習という面もあるのだ、諦めるがいい」


「え、本番……えっ!?そっちも三人でやるんですか!? 正気!?」


 この爆弾発言はさすがに看過できない。初体験くらい、ロマンチックにやりたいのである。


「女二人で男を押さえつけてって……エロ本じゃあるまいに! いや、そういうシチュは嫌いではありませんが、私は創作と現実の区別はついているタイプなので!」


「いや、貴様は勘違いしている。実態はむしろ逆だ」


 しかし、ディアローズはあくまでクールだった。深いため息を吐き、つづける。


「ご主人様は地球人テランだ。貴様のことだからあまりくわしくないだろうが、地球人テランというのは非常に体が弱い」


「それは、分かっていますが……」


 輝星が自機の全力機動で体を壊したことは、彼女とてしっかり覚えている。あれがなければ、まだ安心して戦場に送り出せるのだが……。


「そんな相手にだ、圧倒的に体力のすぐれた我々が無理やり行為を強要したらタダではすまぬであろう。最悪命が危ない。やりすぎないよう、ストッパーが必要なのだ」


「つまり、私の暴走を恐れていると?」


「逆に聞くがな、あの男の裸身を前にして暴走しない自信はあるか?」


「……ないです」


 できれば否定したいところだったが、シュレーアはそこまで自分を過信できなかった。ディアローズは満足げに頷きつつ、彼女を真っすぐ見据える。


「逆のことがわらわにも言える。どちらかが正気であれば、最悪の事態は避けられるというワケだ。身体は無事でも、身体を重ねることに恐怖を覚えるようになってもらっては困る。とにかく安全重視、穏やかに行かねばらなぬ。わかるな?」


「……ええ、まあ」


 不承不承、シュレーアは頷いた。夜這いと言っても、無理やり強行すればそれこそレイプと同じだ。了承をとって開始し、和やかに終わらせる必要がある。そしてそれを自分一人で完了させる自信は、シュレーアにはなかった


「物分かりが良くて何よりだ。……さて、ちょうど目的地だ。まあ、すべては明日の夜に決まる。今日のところは気楽に行こうではないか」


 彼女に似合わぬ優しい笑みをシュレーアに向けた後、ディアローズは輝星の部屋のインターホンのボタンを押した。

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