第百五十六話 凶星攻略作戦

「ま、まさか私に夜這いをしろとでも!?」


 寝込みを襲う……そのあまりにも物騒な言葉に、シュレーアは思わず目を剥いた。しかしディアローズは何でもないような顔で手をひらひらと振り、彼女の言葉を否定する。


「今日のところは、違う。単なる添い寝だ、大したことではない」


「いや、添い寝でも十分大したことなのですが……というか、今日のところはって何です?」


 添い寝だけでもハードルが高いというのに、この女はさらに何かをやらせようと考えているらしい。何とも言えない複雑な表情で、シュレーアは澄まし顔のディアローズを睨みつけた。


「本格的な攻勢は明日からかける。できれば、明後日には勝負を決めたいな」


「勝負って……まさか」


「まさかとはなんだ、まさかとは。貴様、少しのんびりしすぎなのではないか?」


 オウムのように聞き返すことしかできないシュレーアに、ディアローズは目を細めた。痛いところを突かれたシュレーアが顔を引きつらせる。


「次の攻勢を防げば、帝国はもう皇国なぞ相手にする余力はなくなる。そうなれば終戦……傭兵としての契約は満了だ。そうなれば、ご主人様はこの国を離れるのだぞ? わかっておるのか?」


「う、それは……」


 もちろんシュレーアもそんなことは分かっている。わかってはいるが、考えたくはない事だった。今さら輝星と離れ離れになるなど、とても耐えられない。


「いや、別にわらわは良いのだぞ。彼から離れれば、物理的に自分の首が飛ぶことになるのだ。逆に言えば、ご主人様がどこへいこうと自動的にわらわも付いて行ってかまわない、ということになるのだからな」


 根っからの善人な輝星がディアローズを見捨てるとは思えない。結局、奴隷の首輪がある限りディアローズは死ぬまで輝星の傍にいる権利を手に入れたことになるのだ。この女は次期皇帝としての地位こそ失ったが、ある意味一番勝ち組に近い位置にいるのではないかとシュレーアは今さら戦慄した。


「しかし貴様はそうではない。……今はまだ自然停戦状態だが、いつ帝国との戦いが再開するかわからぬのだ。ご主人様を射止める最適のタイミングは、今しかない」


「そ、そうですね……確かに」


 突然ひどい不安を覚え、シュレーアは身を震わせた。傭兵である輝星は、平和な国に用はない。勝利の先に待っているのが別れでは、あまりに悲しすぎる。取り返しがつかなくなる前に彼を捕まえておく必要があった。


「うむ。あまりに遅いが、理解できたようで何より」


「しかし、だからと言ってなぜ貴女が私の手助けをするのです? まだ戦いがどうなるのかわからないとはいえ、勝ちさえすればあなたの一人勝ちなのでは?」


「それはそうなのだがな……」


 肯定するディアローズだが、その顔色は優れなかった。


「しかし、ご主人様について行ったところで向かう先は次なる戦地だ。わらわとて所帯を持ったら落ち着きたいのだ、ビーム飛び交う戦場では、満足にイチャイチャもできぬ」


「したいんですね、イチャイチャ」


「無論だ。貴様もしたいであろう? イチャイチャ」


「ええ、はい」


 シュレーアは頷いたが、彼女の放った所帯という単語に表情をしかめていた。やはりこの女、一奴隷に収まる気はないらしい。


「しかし、ヤツは糸の切れた凧のような男だ。制御するにはおもりをくくり付けるしかない。そしてそのおもりは、女一人くらいでは足りぬと思ってな」


「なるほど、それに関しては私も同感です」


 戦場の輝星はとても楽しそうだが、見ている方からすれば心配で仕方がない。シュレーアとて、彼には少しくらい落ち着いてもらいたいと考えていたのだ。


「わかりました、貴女の策に乗りましょう」


「うむ、物分かりが良くてよろしい。……しかしだな、いくら利害が一致したとはいえタダ働きはしたくない。成功の暁には、きっちり報酬をもらうぞ」


 ディアローズはにやりと笑いながら言った。


「報酬というと……奴隷身分からの解放とか?」


「馬鹿もの! このような美味しい立ち位置、誰が手放すか!」


「貴女、奴隷生活をエンジョイしすぎでは!?」


 何のために奴隷に墜としたのかわかったものではない。高慢ちきな彼女のことだから、奴隷になればさぞ悔しがるかと思っていたのだが……現実はこの有様だった。


「まあ、そんなことは良い。報酬というのはつまり、わらわも連婚に参加させるということだ。ああ、本妻は貴様で良い。安心せよ」


「くっ……仕方がありませんね」


 夫を共有する結婚制度である連婚は、通常姉妹間で行われるものだ。しかし、血の繋がらない相手と夫を共有してはならないという法はない。親友同士や深い絆で結ばれた主従などが連婚するのは、稀にあることだった。

 もちろん、シュレーアとて元宿敵と夫を共有などしたくない。しかし、自分一人で輝星を落とせる自信がないのだから、もう仕方ない。ディアローズは色ボケ転落人生女だが、その頭脳だけは極めて優秀なのだ。


「しかし、あくまでそれは成功すればの話です。うまくいく自信はあるんですか?」


「勿論だ。わらわは一度、ヤツを攻略しようとして失敗しておるのだ。逆に言えば、同じ轍は踏まぬという事。性交する自信は十分にある」


「成功じゃなくて性交って言いませんでしたか、今?」


「言った!」


 その直球過ぎる言い草に、シュレーアは顔を真っ赤にした。

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