第百五十五話 折檻

 覗きの現行犯で捕縛された三人は、サキ・テルシスの両名からこんこんと説教される羽目になった。正座のまま何時間もじっとして居続けなければならないのは、下手な営倉入りよりも辛い。兵士としての訓練を積んでいる三人も、これには参ってしまった。


「はー、まだ足がジンジンするデス……」


 夕食後の宴会場にて、浴衣姿のノラが軟体動物のような格好でぐでーんと畳へ転がった。その小動物めいた動きに輝星はクスリと笑い、その灰色の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「やーめーるーデース!」


 頬を赤らめたノラはもぞもぞと抵抗し、ふらつきつつも何とか立ち上がった。そして勢いよく輝星に抱き着くと、お返しとばかりに彼の頭を乱暴な手つきで撫でまわす。


「ワタシは撫でられるより撫でたい派なのデス! 忘れないように!」


「そんな派閥あるの……」


 困惑しつつもなされるがままの輝星だったが、ノラの浴衣の襟をむんずとつかむ者がいた。テルシスだ。


「ノラ卿、反省が足りないようだな?」


「ひぇ、お説教追加は勘弁を……」


 反骨心にあふれたノラも、ここ数時間の折檻にはなかなか堪えたようだ。即座に輝星の身体から離れる。


「いいじゃないですか、子供にじゃれ付かれたくらいで。大して気にすることもないと思うんですが」


「だれが子供デスか誰が!」


 憤慨するノラだったが、意外にもテルシスはその言葉に頷いて見せた。


「その通りです、我が主。身体は小さくとも、ノラ卿も一人の女。あまり油断すると、のど元に噛みつかれますよ」


「だからチビと言うなとあれほどーッ!」


 憤慨してテルシスに詰め寄るノラだったが、体格差はいかんともしがたい。あっという間に頭を押さえつけられ、無理やり畳の上に座らされてしまった


「そういうものですかねえ」


「ええ、女はみな狼なのです」


「テルシスさんも?」


「……拙者は例外です」


 テルシスは顔をやや赤くしながら、そっぽを向いた。


「嘘を吐け嘘を!」


「やはり折檻が足りなかったようだな……」


「ぐわーっ!」


 組み合ってドタバタと大騒ぎする二人に苦笑しつつ、輝星は視線を横に向けた。そこではディアローズとヴァレンティナが机を挟んで向かい合い、将棋を指している。折り畳み式のその将棋盤は、輝星が用意したものだった。


「……」


 余裕の表情を浮かべたディアローズとうんうんと唸りながら頭をひねるヴァレンティナ。どうやら、ディアローズのほうが圧倒的に有利らしい。存外に仲のよさそうなその様子に、輝星は微かにほほ笑んだ。


「平和だねえ……」


「お前なあ、覗かれかけたってーのに……ずいぶんと危機感がねーのな」


 そんな彼に、サキがあきれ顔で文句をつけた。無論、シュレーアら三人の悪行は輝星も聞いている。しかし彼は、穏やかな笑顔で首を左右に振った。


「まあ、いいじゃない。未遂だし……。別に見られて困るわけでもないし」


「いや、ちょっとは困れよ! 婿入り前の男なんだから、ちょっとくらいは恥じらいってものを……」


 説教めいた口調で言うサキに輝星はげんなりとした表情になったが、すぐにふと何か思いついた様子で表情を変える。即座に着ている浴衣の襟をつかむと、サキにちらりと胸元をはだけて見せた。


「うぇ!? うっ、ゲホッゲホッ!」


 予想外の攻撃に、サキは動揺のあまり激しくむせた。予想の数倍は大きな反応に、やった輝星自身が驚いてしまう。あわてて彼女の背中をさする。


「ご、ごめんごめん」


「もっ、もうやるなよ、お前! そういうのは、恋人か夫婦が個室でやるもんだ!」


「そ、そこまでかなあ……男が上半身露出したって大したことないでしょ……これでアウトなら、水着とかどうするのさ」


 やや呆れた様子の輝星だったが、そんな彼の肩をシュレーアが叩いた。


「いや、なんというか……男の人には理解しづらいかもしれませんが、我々女にはチラリズムというフェチがありまして……」


「あ、あー……なるほど?」


 さっきのがチラリズムなのかはさておき、言われてみれば全く理解できないということもない。ヴルド人女性のみならず、地球人テラン男性にもチラリズムが好きな者は多くいる。


「ま、そんなこと言っておいて、殿下は全裸を見ようとしたワケっすけどね」


「ゴホッ!」


 こんどはシュレーアがむせる番だった。居心地が悪そうな表情で二度三度と咳払いした彼女は、真っ赤な顔で目をそらす。


「そ、その件はなんといいますか、若さが迸ったというか……す、すいません、本当に」


 しなしなと萎れながら謝るシュレーアに、輝星は「いいよいいよ」と軽く頷いた。


「減るもんじゃないしね。それに、覗きよりもっとひどいことをしでかした人もそこにいることだし……」


 輝星の視線の先に居たのは、妹を打ち負かしてご満悦顔のディアローズだった。なるほど、確かに強引に貞操を奪おうとすることに比べれば、覗きなど大したことではないだろう。


「お前さあ……ここ最近いろいろやられすぎて、脳内の基準が壊れかけてねーか?」


「ははは、そんなことは……」


 半目で言うサキに、輝星は冷や汗を垂らしながら首を左右に振った。最近セクハラ漬けなのは事実だが、そのせいで感覚がおかしくなっているなど絶対に認めたくはない。


「ならいいけどさあ……」


 ため息を吐くサキに、輝星とシュレーアは苦笑する。本人にはどうしようもないことだから、もう笑うしかないだろう。


「おい」


 そんなシュレーアの肩に、いつの間にか現れたディアローズの手が置かれた。驚いた様子でシュレーアは小さく飛び上がる。


「な、なんです?」


「小用だ。ついて来てくれ」


「ああ……はいはい」


 要するに、トイレだ。もはや裏切る可能性はほとんどないとはいえ、立場が立場なのでディアローズの単独行動はあまりよろしくない。彼女としても、余計なことをして疑われるのも面倒くさい。だからこそ、監視は甘んじて受け入れていた。

 そうして宴会場を出た二人だったが、廊下で突然ディアローズが立ち止まった。


「……ところで、一つ言っておくことがある」


「言っておくこと……?」


 ディアローズの口調はとても真面目なものだった。シュレーアは小首をかしげながら聞き返す。


「今晩な、貴様にはご主人様の寝込みを襲ってもらう。だから、今のうちに心の準備をしておけ」


「……はあ!?」


 

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