第百五十二話 風呂へ
「で、何かな? 抜け駆けをして、三人で楽しんだと……そういう認識でいいのかな?」
「ハイ」
ゲーム終了後、輝星らがいない事に気付いたヴァレンティナは慌てて周囲を探し回り、クレーンゲームコーナーに居たシュレーアをとっ捕まえて詰問していた。自分たちが遊んでいるうちに勝手に想い人と逢瀬をしていたわけだから、彼女が怒らない理由はない。
「良くないなあ、こういうのは……」
「褒められた行為ではないのは確かデスね、ええ」
腕組みをしたノラがヴァレンティナに追従する。が、対するシュレーアはどこ吹く風といった様子だ。胸に大量のお菓子の袋を抱えたまま、悪びれない表情でぷいとそっぽを向く。
「しかし、貴女がたが遊んでいる姿を見物したところで、特に楽しいものではないでしょう? 輝星さんを退屈させるよりは余程良いではありませんか」
「自慢じゃないが、わたしがスポーツをすればなんだって絵になるんだよ。このスタイルの良さだからね……。退屈なんてさせないさ」
「……」
「あいたっ!」
半目になったノラが無言でヴァレンティナの足を蹴った。身長の低さは彼女の重大なコンプレックスになっていた。事実ヴァレンティナは非常に背が高いが、それを自慢されれば一発蹴ってやろうという気分にもなる。
「キミね、少しは主君に対する敬意というものを……」
「ハッ、貴女とはただ利害が一致しているから協力しているにすぎないんデスよ。敬意が欲しければ尊敬されるだけのことを成し遂げていただけますか? お貴族サマらしくね」
「うむぅ……」
口をへの字にしてヴァレンティナは唸った。酷い言いようではあるが、事実だ。ヴルド人社会においては、尊敬は自力で勝ち取るものなのである。そこを疎かにすれば、誰であれ貴族の地位から追われることになる。彼女は恨みがましい目で自らの姉を見た。
「くふふふ……奴隷は良いぞ、我が妹よ。貴様も仲間にしてやろうか?」
「結構だ!」
もはや奴隷堕ちしたことに何の恥じらいも感じていなさそうなディアローズに、ヴァレンティナが腹立たしげに言い返す。
「そう怒らないでよ。みんなで食べる用のオヤツも確保できたしさ……シュレーアが随分と頑張ってくれたんだよ?」
苦笑いしながら、輝星はシュレーアの持っていた大量のお菓子の中から棒付きキャンディを引っ張り出す。そして包装を破ると、おもむろにヴァレンティナの口に突っ込んだ。
「むぐっ! ……れろれろ……まあ、いいか……」
自然体の輝星の様子を見ていると、怒る気も失せてくる。勝手に遊びに遊びに行ったと言っても、やっていたのがクレーンゲームではそれこそ子供の遊びだ。べたべたとくっつきあっていたわけでも、キスをしていたわけでもない。その程度なら容易に取り返せるのだから、鷹揚に許してやるべきだと考えたのだ。
「しかしだね、キミたち……人を出し抜いたのだから、自分も出し抜かれる覚悟をしておいた方がいい。後になって文句を言っても、わたしは聞かないぞ」
「それこそ今さらですよね? 貴女、自分がどれだけ私を出し抜いてきたのか理解していますか?」
「ハハハ……何のことやら」
「こいつの面の皮の厚さはブラスターライフルだって弾けるレベルっすよ、殿下。嫌味なんぞ言うだけ無駄ってもんです」
「みんなして酷い言い草だな!? 我が愛、どうかわたしを慰めてくれないか? さすがのわたしも傷心だよ……」
わざとらしく悲しげな声でそう言いながら、ヴァレンティナは輝星の前でしゃがみ込む。そして狼めいた耳がピンと立った頭を差し出してきた。
「……はいはい」
わかってやっていることは明白だが、確かにこの針のムシロめいた状況は哀れである。仕方なく、輝星は豊かな金髪をかき分けるようにしてワシャワシャと彼女の頭を撫でた。ヴァレンティナはむふぅと至福の息を吐く。
「そこまでだ。我が主をあまり困らせないでもらえるか?」
が、そんな時間も長くは続かなかった。テルシスがヴァレンティナを背後から捕まえ、強引に輝星から引きはがす。高身長のヴァレンティナだが、テルシスは彼女に負けず劣らず背が高い。さしものヴァレンティナも力ずくでの突破は不可能だった。
「むぐぐぐ……」
「はあ……輝星さん、彼女に隙を見せてはいけませんよ。いつあのすました顔の仮面がはがれるやら、分かったものではありませんからね」
「ま、それはそちらも同じことデスけどねー」
ノラが肩をすくめながら茶化した。シュレーアは即座に言い返そうと口を開きかけたが、それより早く半笑いのサキが言う。
「大丈夫さ、殿下はヘタレで有名なんだ。いざということになっても、ビビッて手を出したりできねえよ」
「なにおう……」
ふくれっ面になるシュレーアの肩を、同情顔のヴァレンティナが優しく叩いた。
「お互い、部下の扱いで苦労するな。ハハハ……」
「ええ、まあ……それだけは同感ですよ。それだけは」
深い深いため息を吐くシュレーア。そしてふと、懐から携帯端末を出して時間を確認した。すでに昼食を終えてから、結構な時間が経過していた。
「それはそうと、そろそろ温泉に行きませんか? 良い感じで時間も潰せましたし、夕食まで時間もそこそこある。タイミング的にはちょうどいいわけですが」
「妙に温泉推しっすね、殿下……」
やや呆れた様子でそういうサキだったが、温泉という単語にノラが目をギラリと輝かせる。
「いや、いいじゃないデスか、温泉。ワタシも楽しみにしてたんデスよ、早く行きましょう」
「え? ああ、まあ、あたしは別に構わねーけどよ……」
サキはちらりと輝星の方を見た。躊躇せず、彼は頷く。
「久しぶりにアクションゲームやったんで、緊張で汗かいちゃったよ。風呂なら俺も入りたいね」
輝星が同意するのならば、もう反対するものは誰も居ない。一行は温泉に向かうこととなった。
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