第百五十三話 裸の付き合い
場所を移して、大浴場。シュレーアたちは一糸まとわぬ姿になり、微かに白く濁った湯に身を沈めていた。
「ふぁ~、これこれ。たまりませんねえ」
至福の表情のシュレーアが、湯船の中でぐっと体を伸ばす。特別大きくはないものの形の良い胸が露になったが、周囲は女ばかりだ。恥ずかしさなど感じはしない。
「しかし、残念だな。貸し切りと聞いて負ったから、てっきり混浴を楽しめるかと思っておったのだが」
隣に腰を下ろしたディアローズが、しっとりと濡れた長い金髪を湯に触れないようタオルで纏めつつ言った。その顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「そ、そんなの出来るわけないじゃないですか」
顔を真っ赤にして、シュレーアは言い返した。正直に言えば彼女とて混浴できるものならしたいのだが、面と向かって混浴しようなどと言うのは恥ずかしすぎて不可能だ。それに、がっつき過ぎて嫌われても困る。
「冗談だ、冗談。くくく……」
笑いながら手をひらひらと振るディアローズに、シュレーアは頬をぷうと膨らませる。そんな彼女を面白そうに見ていたディアローズだが、ふと彼女の胸に目を向ける。
「……そういえば、知っておるか?」
「ん? 何をです?」
「
「……は!?」
唐突に予想外の言葉を投げつけられ、シュレーアは一瞬あっけに取られた。そして自分の胸を見て、つづけてディアローズの胸に視線を移す。自分の物とは違い、非常に豊満なバストがそこにはあった。
「自分が無意味に胸が大きいからって、いい加減なことを意っていませんか? 胸が大きくていい事なんて、全然ないでしょ。動きづらくなるし、肩は凝るし……戦闘力が下がっちゃうじゃないですか」
「
肩をすくめながら軽くため息を吐くディアローズ。彼女は地球に何度か訪れたこともある
「まあ、性癖というのは個人差も大きい。だから、ご主人様がどんな大きさの胸がすきなのかも、
「ふ、ふーん……そうですか」
あえて突っ込んでこないディアローズの態度は、逆にその話に真実味を与えていた。シュレーアは腕を組みながら、半目で言う。
「
ぷいとそっぽを向きながら、ディアローズは口を尖らせた。ヴルド人女性は胸の大小にはあまり拘らないが、身長は非常に気にするのだ。男を守るのが女の役割なのだから、身長が高い方が戦いにおいては有利、という考え方である。
「き、気にしてたんですね、妹に身長で負けてたこと……」
「まあな……一センチや二センチの違いならばまだ良いのだが、六センチも高くなられると、こう、姉としての威厳が……」
「貴女に威厳なんか最初からありませんよ……
「……」
がっくりとうなだれるディアローズ。シュレーアは、ちょっとすっきりした顔で彼女の肩をペチペチ叩いた。
「まあ、そんなこと言ったら私なんてひどいものですよ。今回の旅行なんて、あのノラとかいうちっちゃい子を除けば私が一番背が低いですからね……」
ノラの場合は明らかに年齢が低いので、比べる方が恥ずかしい。もちろん、輝星よりはやや背が高いのだが……ヴルド人女性全体から見れば、シュレーアは決して背が高い方ではなかった。かといって低いわけでもないが、周囲には高身長の女性が多いので嫌でも気になってしまう。
「だれがチビデスか、誰が」
が、身長の話というのはデリケートなもの。ちょうど話題にのぼったノラが、ざぶざぶと湯をかき分けながら不機嫌な表情で近づいてくる。
「あはは……聞いていましたか、申し訳ありません。しかし、あなたはまだ若いじゃありませんか。将来がある。私はもう背が伸びる年齢は終わってしまいましたからね……」
やや童顔気味なものの、シュレーアはすでに(今年からだが)成人済みなのである。もはや背が伸びる望みはない。
「……つっこんでおいて何デスが、やめましょうかこの話。お互い嫌な気分になるデス」
「ええ……」
大きく息を吐きながら、シュレーアは頷いた。
「ところで、いつやる気なんデスか? こっちはもう準備万端なんデスけど」
「いつやる? え、いったい何の話ですか?」
突然訳の分からない話を振られ、シュレーアは困惑した。ノラは「は?」と言わんばかりの表情で小首をかしげる。
「何って……覗きデスよ。やるんでしょ? 一枚ワタシにも噛ませてくださいよ」
「の、覗ッ!?」
大声を出そうとしたシュレーアにノラが飛び掛かり、慌てて口をふさぐ。そして油断のない目つきで周囲を見まわし、ほっと息を吐いた。
「やめてください、頭のカタいのに聞かれたらどうするんデスか!」
「ええ……う、はい。すいません……」
ノラの視線の先には、サキとテルシスが居た。彼女らは酒の入ったお猪口を片手に、夢中で何かを話し合っているようだ。そしてそのお猪口が空になるび、傍にいるヴァレンティナが即座にお代わりを注いでいる。いったいあの女は何をやっているのかと、シュレーアは半目になってヴァレンティナを睨みつけた。
「しかし、覗きだなんて……」
「今さらごまかしたって無駄デスよ。隣の男湯では、あの男が裸体を晒しているんデス! 我慢するなって方が無理デスからね」
「んんっ!」
裸の輝星を想像して、シュレーアの興奮ゲージが一気に上がった。無論、興味がないと言えばウソになる。そんな彼女を、ディアローズは無言のままニマニマと愉快そうな笑みを浮かべつつ見つめる。
「あの熱烈な温泉推し、最初から貴女もそのつもりだったのでしょう? わかってるんデスよ、こっちは」
「い、いや、あれは単に、湯上りの輝星さんを早く見たかっただけというか……」
女しかいない環境をいいことに、シュレーアは本音をぶっちゃけた。
「はん、結構いい趣味してるじゃないデスか。あの男の湯上り、そりゃあ眼福でしょう。……が、裸体も拝む、湯上りも拝む。こうすれば一石二鳥デス。わかりますか、この理論が!」
「そんな無茶苦茶な……」
「うるさいデスね。あなたは裸の輝星サンが見たいんデスか、見たくないんデスか? どっちデス!」
「……」
シュレーアは黙り込み、うんうん唸った。口角を上げながら、ノラはそんな彼女をツンツンとつつく。
「……見たいです」
結局、彼女は自分の欲望に従った。
「よろしい、付いてくるデス。調べた感じ、どうやら露天風呂から男湯を覗けそうな様子。柵を超えるのに人手が必要そうなので、手伝っていただきますよ」
「わ、わかりました」
緊張した様子で立ち上がったシュレーアは、ノラと共に去っていった。その背中を、ディアローズはなんとも言えない表情で見送る。
「見るより見られた方が気持ちがよさそうだがな……いや、むしろ直接服を剥いてもらうというのが一番か……」
ぶつぶつと呟きながら脳内に卑猥な想像を浮かべたディアローズだったが、こんな公衆の面前で発情するわけにもいかない。彼女は冷静さを取り戻すべく、顔を湯に半分ほど沈めぶくぶくと息を吐きだすのだった……。
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