第百五十一話 へっぽこ皇女

 ガランとしたゲームコーナーの中を、三人は歩く。旅館は貸し切りだから、自分たち以外の客はいない。ゲーム筐体はむやみやたらと騒がしい電子音をかき鳴らしているというのに、その周囲に人が全くいないというのは不思議な雰囲気だった。


「で、どうするの?」


 勝手に皆から別れて行動していることにやや罪悪感を覚えつつ、輝星は聞いた。とはいえ、あんな異次元じみたエアホッケーに参加できるはずもないので、シュレーアたちと一緒に行った方が退屈ではないのは事実だろう。


「そうですね……ああいうのとか、どうです?」


 シュレーアは緊張の滲んだ笑顔を浮かべつつ、かわいらしい動物のぬいぐるみがたくさん入ったクレーンゲームを指さした。


「たしか、クレーンで好きな景品を引っ張り上げるゲームですよね? 男の子って、ああいうぬいぐるみとか好きでしょう」


 彼女がそう言った途端、ディアローズがその頭をぺちんと軽くたたいた。


「あいたっ!」


「莫迦もの! それはヴルド人の男のイメージであろうが。やつは地球人テランだぞ」


 耳元でそうささやくディアローズに、シュレーアは血相を変える。


「えっ、地球人テランの男の人ってぬいぐるみは嫌いなんですか?」


「無論好きな者もおるだろうが、輝星がそうとは限らんだろう。いきなりぬいぐるみはリスキーだ、もっと当たり障りのないものを選ぶのだ!」


「そんな、私は好きなのになあ……輝星さん、こういうのはお嫌いですか?」


 まさか、とでも言いたげな表情で聞くシュレーアに、輝星は思わず噴き出した。


「そんな笑わなくても……」


「い、いや、うん、ごめん。嫌いじゃないんだよ嫌いじゃ……たださ、俺ってばあちこちの軍隊を渡り歩いて生活してるわけだから、あんまり荷物は増やせないっていうか……」


「た、確かに……」


 皇国にやってきたときも、輝星はカバン一つしか荷物を持っていなかった。そのことを思い出し、シュレーアは頭を抱える。正直に言えば彼には皇国に定住してもらいたいところだが、今のところ輝星にその気はまったくなさそうだ。

 とはいえ、無理やり輝星を拘束するわけにもいかない。今はできるだけ彼と仲良くなって、この国から離れづらくするのが先決だとシュレーアは思いなおした。


「じゃ、じゃああっちとかどうです? パンチ力測るやつ……」


「だから貴様はアホなのだ!」


「いてっ!」


 再びの殴打がシュレーアの頭を襲った。ディアローズはいたく立腹した様子でむりやり彼女と肩を組み、ぐりぐりと頭を押し付ける。


「貴様、自分の筋力自慢でもしようと考えていたのであろう! そんなものでヤツがなびくとでも思っているのか!?」


「そ、そんなことは……というか貴女、いささか暴力的すぎませんか!? 私、あなたの首輪の起爆スイッチ持ってるんですよ!? もうちょっとエンリョというものを……」


「知るか! わらわの飼い主は輝星であって、貴様ではない! 貴様に協力しておるのは、ほかにちょうどよさそうな協力者がおらぬからだ」


「ええ……」


 奴隷の癖に態度が大きすぎるのではないかとシュレーアは頭を抱えたが、ここで癇癪かんしゃくをおこすのもよろしくない。それに、彼女の助言が助かるというのも事実だった。たしかにシュレーア自身、ヴルド人と地球人テランの男性の嗜好の違いなど今まで全く気にしていなかったのである。そういった視点を持ったディアローズの助言は非常にありがたい。


「貴女、輝星さんを無理やり手籠めにしようとした割りにはいろいろ考えてますね……」


「う、うむ。それを言われると弱いが……しかし、無理やりヤツをモノにする作戦はすでに失敗しているのだ。ならば逆に相手の好みに沿って柔軟に作戦を練るのが上策ではないかと思うのだ」


「なるほど……確かに情報収集は基本中のキホンですからね。そこを怠っていた私が失敗するのは当然のことでしたか……」


「なんか、随分と熱心に内緒話してるね? いや、仲良くなれたみたいで非常に結構なんだけど」


 愉快そうな表情で、輝星は言う。ディアローズの場合、経緯が経緯なので周囲と溝ができるのではないかと危惧していたのだが、今の様子を見るにすでに友人と言っていい関係を築けているようだ。あまりギスギスされても困るので、輝星としてはありがたい限りだ。


「あいや、申し訳ありません! 決して輝星さんを無視していたわけでは」


「うむうむ。単に男には聞かせられぬ話をしていただけだ、気にするな」


「その言い方だとまるで私たちが猥談をしていたみたいなじゃないですか!? やめてくださいよ!!」


 露骨に慌てたシュレーアに、輝星とディアローズは顔を見合わせて大笑いした。


「くく、くふふふ……まあ、しかしだ。その……くれーんげーむ? とやらで遊ぶというのは悪くない案なのではないか? 別に景品はぬいぐるみだけというわけでもあるまい」


「お菓子類のヤツもあるじゃないか……そっちなら、みんなで食べられるしちょうどいいんじゃないのかね」


「なるほど、それもそうですね。……できれば、二人きりで食べたいところですが」


 半目になりながら、歓声の聞こえてくるエアホッケー・コーナーの方へ目を向けるシュレーア。しかし、この大所帯では二人きりになるタイミングもあまりないだろう。ため息を吐いてから、お菓子のクレーンゲームに視線を戻した。


「ま、せいぜいいっぱい獲れるように頑張りましょうか」

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