第百四十九話 騎士は負けない

「"ヴァイパーⅡ"は単なる遠距離戦機じゃないんだよ!」


 もはや手持ち火器では迎撃が間に合わない危機的状況であっても、輝星はまだあきらめてはいなかった。肉薄してくるノラ機に体を向け、トリガーを引く。"ヴァイパーⅡ"の腹部に据え付けられた超短砲身の拡散ブラスター砲が火を噴いた。


「ぬわっ!?」


 拡散ブラスター砲は十分に粒子を加速できないため、一撃でストライカーを撃破できるような威力はない。しかし高温の粒子を大量に浴びせかけられたわけだから、いかな重装甲の"ウィル"でもただでは済まなかった。メインカメラを破壊され、思わずノラは機体の動きを鈍らせる。


「そこだ!」


 この隙を逃す輝星ではない。スラスターを焚いて全力で後退しつつ、ロングブラスターライフルを撃ち込んだ。しかし、ノラもトップエースの一人だ。そうやすやすとやられてはくれない。サブカメラへの切り替え作業をしつつ、即座に横っ飛びに跳ねてビームを回避した。


「そんな雑な射撃に当たってやるほど甘くはないんデスよ!」


「ちぃっ!」


 重厚な機体に見合わない軽快なステップで回避運動を取りつつ、ノラはメガブラスターライフルで反撃してきた。太い光線をなんとか回避する輝星だが、その顔には冷や汗が浮かんでいた。


「ず、ずいぶんと苦戦してるな。動きが普段と全然違うぞ……」


 観戦していたサキが唸る。いつもの輝星なら、フォトンセイバーを抜いて突撃していたことだろう。だが、今の彼にはそんなことをしている余裕は一切ないように見える。


「経験と工夫でなんとか立ち向かっている、という感じだな。なるほど、我が主の強さの根源はI-conとのシンクロにあったわけか。しかし、思考制御の有無でここまで変わるとは……」


「機体を動かすのにいちいち操縦桿で操作してたら、あんたらの反応速度に勝てないんだよっ!」


 呑気に解説するテルシスに、輝星は切実な声で言い返した。実際、ノラの攻撃は熾烈であり反撃すらままならない状況だ。一瞬でも気を抜けばあっという間に撃墜されてしまうだろう。


「ははは、これはなかなか愉快デスねぇ! あの"凶星"サマを手玉に取るなんて、そうそうできる経験じゃありませんよ!」


「だから嫌だったんだアクションゲームは! ちくしょー!」


 嗜虐的な表情で哄笑を上げるノラ。それはもう心底楽しそうな彼女の様子に、輝星は思わず罵声を飛ばした。


「ゲームでもストライカー戦には変わりないデス! おりゃー!」


「うわわっ!?」


 "ウィル"の太い脚から繰り出される飛び蹴りが、"ヴァイパーⅡ"の腹に突き刺さった。銀色の華奢な機体がサッカーボールのように吹っ飛ばされる。


「トドメデスよ!」


 地面に転がる"ヴァイパーⅡ"にメガブラスターライフルの砲口を向けるノラ。愉悦に歪んだ表情でトリガーを引こうとした彼女だったが、突如鳴り響いたロックオン警告アラートに舌打ちする。


「お・ま・た・せ! しましたー!」


 元気いっぱいの声とともに乱入してきたのは、シュレーアだった。彼女はブラスターライフルを乱射しながらノラ機に向かって突撃する。


「くそ! あの女、もうやられたんデスか! 使えねーヤツデスね!」


「仮にも上官に対してなんてこと言うんだ、キミは」


 先ほどシュレーアに撃墜され、一人ゲームオーバー状態になってしまったヴァレンティナがぼやく。輝星のフレンドリーファイヤ上等のミサイル攻撃によって彼女の機体は致命傷を負っていたのだから、ここまで持たせたのはむしろ善戦の部類に入るだろう。


「諦めるのだ、我が妹よ。エレノール以外の四天はみなこんなものだ」


「姉上も苦労していたのだな……」


 ため息を吐くヴァレンティナをしり目に、戦いは佳境に入っていた。ビルを盾にしてシュレーアの射撃を防ぐノラだったが、こっそりと移動していた輝星の狙撃を浴びせかけられ慌てて移動する。


「ええい後ろからコソコソと! 正面から来なさい正面から!」


 なんとかメガブラスターライフルで輝星を狙い撃とうとするノラだったが、照準が定まるより早くシュレーアが突っ込んでくる。


「輝星さんはやらせません! 私がいる限りは!」


「楽しそうだなアンタ!!」


 普段の雑な敬語すら捨ててノラが吐き捨てた。


「当然でしょうが! 輝星さんを守って戦うなんて、そうそう出来るモノじゃありませんよ!! これでテンションが上がらないような奴は女じゃありません!!」


「確かにその通りだな……なるほど、そういう楽しみ方もあるか」


 ヴァレンティナがぼそりと呟いたが、幸いエキサイトしているシュレーアの耳には届かなかった。


「こ、この……ッ!」


 士気爆上がりのシュレーアの実力は、トップエースであるノラからしても決して侮れないものだった。それでも一対一ならばなんとかなったのかもしれないが、絶妙なタイミングで輝星が援護射撃を飛ばしてくるのだから反撃にすら移ることが出来なかった。


「操縦はヘタクソになっても、戦勘だけは厄介デスね!」


「誰が下手くそだ! 身体が自分の操縦に追いついてないだけだぞ!」


「大丈夫ですよ輝星さん! 貴方がどんな状況でも、このシュレーア・ハインレッタが守り切って見せます!」


 そう叫ぶと、シュレーアはツヴァイハンダーを抜いてノラに急迫した。舌打ちとともに迎撃しようとするノラだったが、輝星の放ったミサイルの雨が降り注ぎ攻撃行動に移れない。


「く、くそ……」


 なんとかミサイルを回避したノラだったが、その隙を逃すシュレーアではない。無防備な"ウィル"の胴体にツヴァイハンダーが突き刺さり、メインモニターが暗転する。点滅するゲームオーバーの文字に、ノラは深いため息を吐いた。


「んもー、せっかく輝星サンを墜とせると思ったのに……」


「わははは、そうはさせませんよ! 私がいるんですから!」


 胸を張るシュレーア。そんな彼女に、ヴァレンティナは満面の笑みでこう言った。


「では、次はチームを変えてやろうじゃないか。次回はわたしが我が愛の騎士をやりたいのだが?」


「追い待てずるいぞ! あたしもやりたい!」


「いえ、次も私です! 輝星さんの騎士の座は渡しません!」


 騒がしい言い合いを聞きながら、輝星は何とも言えない微妙な表情を浮かべて肩をすくめる。


「いっそお姫様……いや、王子様プレイに徹したほうが楽しいかもしれないな、これは」


 なんと不健全な楽しみ方だろうかと、彼は皮肉げに笑った。

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