第百四十六話 暇つぶし

 昼食後、宴会場から出た輝星たちは旅館の廊下を歩いていた。腹も膨れて気持ちが落ち着いてきた輝星は、物珍しそうに周囲を見回す。裸電球風の照明に照らされた廊下は輝星もよく見慣れた和風様式であり、すれ違う仲居さんたちも着物を着ている。従業員がヴルド人ばかりということを除けば、まるで日本にいるかのような風情があった。


「出来るだけ故郷に近い環境の方が、気持ちも休まるかと思いまして」


「確かにこれは帰郷したような気分だな。ありがとう」


 もちろん、貧乏人である輝星にはこんな高級旅館に訪れたような経験はない。とはいえその配慮は純粋にありがたいので、輝星はにこりと笑って答えた。


「しかし、いい所だね。ここは……景色もいい」


 窓の外に目をやりながら、輝星は言う。濃い緑の山林と渓流の組み合わせは、風情というものをあまり気にしない輝星でも美しいと感じるほど趣深い景色だった。


「そうでしょうそうでしょう! これを見せたかったんですよ、これを」


 上機嫌に頷くシュレーアだったが、そんな彼女を見たノラは皮肉げに肩をすくめた。


「とはいえ、ぼーっと外を見ててもすぐ飽きちゃいますよ。せっかく遊びに来たんだから、ぱーっとやりたいところデスけどね」


「まあ、わからんでもないけどさ……のんびりする以外にやることある?」


 輝星は小さく苦笑した。たしかに退屈なのはあまり好きではないが、しかしこういった場所に来てなお刺激を求めるというのも野暮だろう。将棋だのトランプだのといったテーブルゲームは持ってきているので、それで暇を潰そうかと彼は考えていた。


「あ、そっ……それならっ! 温泉とかどうでしょう!? ここの湯は素晴らしいですよっ!」


 目を泳がせながらシュレーアが提案した。あからさますぎる態度に、ヴァレンティナが(こいつ……)という目でシュレーアを見る。


「食後すぐに風呂っていうのもねえ」


「そっ、それもそうですね! あははー……」


 顔を引きつらせつつ、シュレーアは引き下がる。輝星はなぜか悪いことをしてしまった気分になり、軽く息を吐く。まあ、じゃあもう少ししたら……と言おうとしたものの、彼が口を開くより早くヴァレンティナがずいと寄ってきた。


「では、ここはひとつレクリエーションをするというのはどうかな? 来る前にちょっと調べたのだが、この宿にはなかなか立派なゲームコーナーがあるそうじゃないか」


「ゲームコーナー? ああ、なるほど……」


 確かに観光宿でゲームコーナーというのは定番といえば定番だろう。


「我々はそう言ったところで遊んだような経験はあまりなくてね。興味があるのさ」


「お貴族様がゲーセンなんかにいたら、そりゃあびっくりデスからね。テルシスサンも行ったことないでしょ? そういうトコ」


 突然水を向けられたテルシスは、腕を組んで小首をかしげた。


「げーせん? げーむこーなー? まあ、よくわからんがそのような所には行ったことがない」


「それどころかカジノすら出入りしている姿が想像できぬぞ、このカタブツは……」


 ディアローズの言葉に、ノラは噴き出した。真面目腐った顔でスロットマシンにコインを延々突っ込み続けるテルシスの姿を想像したのだ。


「ま、その辺りはわたしも似たようなものさ……慣れない遊びというのは、面白いものだ」


 本当か? と言わんばかりの表情でシュレーアがヴァレンティナを見た。テルシスと違い、彼女はカジノで荒稼ぎしていてもおかしくないような垢ぬけた雰囲気がある。そんなシュレーアの内心を知ってか知らずか、ヴァレンティナは微笑を浮かべながら続ける。


「それに聞くところによると、多人数で遊べるゲームもあるらしいじゃないか。せっかく組織の垣根を越えて手を組むことになったのだから、そういったもので親睦を深めるというのも悪くないだろう?」


「なるほどな。そいつはいい考えだ」


 そう答えながら自信ありげな笑みを浮かべたのは、サキだった。下町育ちの彼女にとっては、ゲームセンターなど庭のようなものだ。余裕ヅラのヴァレンティナを得意分野でボコボコにできるというのなら、それはさぞ気分の良いことだろう。断る理由などあるはずもない。


「そういうなら、まあ……ただ俺、アクションゲームとか苦手だからね。やるなら後ろで見てるよ」


 輝星は肩をすくめた。I-conの補助があるストライカーと違い、生身ではヴルド人とのスペック差は歴然だ。ただでさえ彼はどんくさいのだから、いくらがんばったところでヴァレンティナらに勝てるはずもない。


「別に対戦系のゲームばっかってこともないだろ? 一緒に楽しめるヤツで遊べばいいのさ」


「まあ、それもそうか」


 ゲームとはいえあまり醜態を晒すのも恥ずかしいが、まあ命がかかっているわけでもない。賛成の者が多いならそれでいいかと、輝星は頷いた。


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