第百四十五話 信用ならない協力者

 翌日、昼。シュレーアに案内された輝星たちは、皇都の山奥にある老舗旅館を訪れていた。警備の為か旅館は貸し切りになっており、輝星たち以外の客は居ない。


「しかしなあ、まだ元占領地の混乱は収まっていないだろうし……あたしらだけこうやって羽を伸ばすってのは」


 畳敷きの宴会場で昼食をとっている最中のサキは、取り皿に置かれた刺身を箸でいじりながらブツブツと文句を言った。輝星が行くのならと無理やり同行した彼女だったが、この慰安旅行にはやや不満があるようだった。


「まあね、気分はわかる……」


 小さくため息を吐く輝星が頭に思い浮かべているのは、惑星センステラ・プライムで世話になった農民たちの顔だ。もちろん作戦終了後、食料や消耗品などを救援物資として送りはしたのだが……本格的なお礼はまだできていなかった。ディアローズ関連のゴタゴタのせいだ。


「時間があるなら、センステラ星系にいったん戻りたいところなんだけど」


「申し訳ありませんが、センステラ星系は少々遠すぎるのです。輝星さんには万一があった時、すぐに軍に合流できる場所に居てもらわなくてはなりません。その点、ここならば高速艇を飛ばせば大本営まで三十分とかかりませんから……」


 言葉の通り、シュレーアは心底申し訳なさそうな表情をしていた。輝星とサキがセンステラ・プライムで民間人に助けられた一件は、彼女も知っている。


「とりあえず、生活に不自由することはないよう物資は送っています。皇都への疎開も提案しましたが、畑があるからと断られてしまいましたので……」


「それはありがたい……でも、モノ送ってハイ終わりというのも不義理だしね。さっさと帝国軍をもう一回蹴りだして、今度こそお礼に行かなきゃ」


「その時は私も同行しますよ。もともと、我々が負けたばかりに民には要らぬ苦労を掛けているわけですし」


 困ったように微かに笑ったシュレーアが、小さく息を吐く。戦争に勝つだけでも大変なのに、その後にも問題が山積みになっている。気が重くなるなという方が無理がある。


「恩を返すのも重要だがね、休養もまた戦士の重要な任務の一つだ。せっかく遊びに来たのだから、今日のところはしっかりと体と精神を休めることを優先したほうがいいんじゃないかな?」


 辛気臭い話をする輝星たちを、ヴァレンティナが諫めた。ちなみに今日の彼女は薄桃色の和服姿だ。前回のデートに引き続き薄浅葱色の和装姿のシュレーアに対抗したのかもしれない。とはいえこの旅館は地球様式の純和風の店構えをしているので、確かに和服は状況によくマッチしている。


「ええ、確かにそれはその通り……。しかしその休養に貴女がついて来ては、休むに休めない気もしますがね」


 そんな彼女に、シュレーアは反抗心をあらわにして言い返した。輝星と二人きりというのは無理でも、ヴァレンティナまで付いてくるというのは完全に予想外だったのだ。しかも同行してきた帝国勢は彼女だけではない。ノラとテルシスまで、別のテーブルで新鮮な刺身に舌鼓を打っていた。お邪魔虫が多いにもほどがあるだろう。


「ははは……いや、すまないな。我が姉が何か粗相・・でもしないか心配でね。お詫びに今回の旅費はわたしが全部出すから、許してくれたまえ」


「うっ……」


 金欠極まりないシュレーアとしては、その提案は非常にありがたいものだった。流石にこんな情勢で国費を使って慰安旅行などすることが出来るはずもなく、旅費はすべて彼女のポケットマネーから出ている。おかげで現在のシュレーアの口座の残高は皇族とは思えないほどひどい有様になっていた。


わらわが粗相をするかもしれぬらしいぞ、ご主人様。困ってしまうなあ……くふふふ」


 一方、妹に随分と酷い言われようをされたディアローズと言えば、驚くほど上機嫌な様子だった。酒も飲んでいないというのに頬を上気させ、輝星の背中から覆いかぶさる。豊満な胸で押しつぶされかけた輝星はぐええとカエルが潰されたような声を上げた。


「ほら、いきなり粗相した」


「奴隷の態度ですか、それが。さっさと離れなさいさっさと!」


 半目になった二人が強引にディアローズを引きはがした。彼女はやたらと楽しそうな様子で悲鳴を上げたが、特に抵抗はしない。実の妹であるヴァレンティナすら見たことがないほどディアローズのテンションは高かった。


「はー……首輪のせいで別行動させられないとはいえ、ここまでひどいとは……」


 額に手を当てながら、シュレーアが深い深いため息を吐く。輝星と離れすぎると奴隷用首輪が作動してしまうため、ディアローズを旅行に連れてこないわけにはいかなかったのだ。別室で軟禁してやろうかと鋭い目を彼女に向けるシュレーアだったが、ディアローズはニヤリと笑って小さく耳打ちする。


「まあ待て、わらわも妹に輝星を掻っ攫われるのは気にくわぬ。貴様に協力してやるから、まあ傍に置いておけ」


「むう……」


 シュレーアは小さく唸った。当然だが、首輪の起爆用リモコンは持ってきている。いざとなれば、それを使って強引にディアローズにいう事をきかせることは可能だ。それは当然彼女も理解しているだろうから、あまりシュレーアが腹を立てたり不利になったりするような行動はしないだろう。そこまで考えて、シュレーアは小さく頷いた。


「くれぐれも変な行動はしないように」


「わかっておる。変な行動はするよりされる方が楽しいからな……」


「なんて言いました、今!?」


「いや、何でもない」


 ディアローズはヘラヘラと笑いながら、自分の席に戻った。慣れた手つきで箸を操り、刺身を上品に食べ始める。


「うむ、うむ。しかしここの魚はなかなか上等だな。気に入った」


 何事もなかったかのようなその態度に、シュレーアはもう一度ため息を吐く。何にせよ、休暇はまだ始まったばかりだ。

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