第百四十四話 奴隷堕ち

「まてまてまて、なんでそうなる!」


 文句の声を上げたのは、輝星ではなくサキだった。彼女は慌てた様子で輝星とシュレーアの間に割り入り、聞く。


「奴隷刑ってのはまあ、わかるっすよ。まあ、死刑じゃないならそのあたりが適当じゃないかとは思ってたし……でも、いきなりその持ち主が輝星になるっつーのは、なんかおかしくないっすか!?」


「いやまあ」


 シュレーアは半笑いを浮かべながら目をそらした。


「最初は私が買うつもりだったんですよ。軍事アドバイザーとしてはなかなか有能そうだし……」


「結構じゃないっすか。なんでそうならなかったんです?」


「なんというか……輝星さんって、すさまじい成果を上げているじゃないですか。今回の件も、輝星さんがいなければこれだけの帝国兵が反乱に参加することはなかったでしょうし……」


「そりゃあそうデスね。この男がそっちの陣営にいなければ、そもそも反乱自体発生しなかったデスよ」


 肩をすくめながらノラがそう言い切った。何しろ、彼女らがディアローズを裏切ったのは対輝星戦でディアローズが醜態をさらしまくったせいだ。つつがなく戦いが続いていれば、こんなことには絶対にならなかったはずだ。


「というわけで、何か追加報酬を出すべきだという話になりまして。でも、今の皇国にはまったく、ぜんぜん、ちっともお金がありませんから……ちょうどいいからモノで支払ってしまえと。そういう話に」


「それこの女の裁判で話す必要がある話ですか!?」


「仕方ないじゃないですかあ! そういう話になっちゃったんだから! もう決定事項なんだから今さらどうこう言ってもひっくり返りませんよ!」


 ほとんど半泣きでシュレーアは叫んだ。彼女としても、やや不本意な結果なのだろう。その迫力にサキは圧され、それ以上の文句を言うことはできなかった。輝星は何とも言えない表情で押し付けられた首輪に目をやる。


「ちなみに、それは奴隷用の首輪です。中に爆薬が仕込まれていまして、特定の条件で爆発します。威力は大したものではありませんが……まあ、相手は生身ですから。作動すれば首が文字通り飛びますよ」


「ぶ、物騒な……ちなみに、条件というのは?」


「一つは手動起爆。専用リモコンを使います。このリモコンは、私と輝星さんがそれぞれ持つことになっています」


 そう言ってシュレーアは、黒く小さな樹脂製のリモコンを輝星に見せた。小型の音楽プレーヤーのような形状をしている。


「もう一つは、マスター登録された人間……つまりは、輝星さんからの生体反応が受信できなくなったときに自動で起爆します。万一輝星さんが亡くなってしまったり、あるいは電波が届かないほど遠くへ離れてしまうと問答無用で死ぬということですね」


「えっ、なにそれ、怖……」


 逃亡や主人殺しを避けるための機能だろうがそれにしても物騒すぎる。輝星は引きつった顔でディアローズの方を見たが、彼女はまったくの無表情でこちらを見返した。しかし、目にだけは情欲の炎がギラギラと燃え盛っている。おそらく、内心のワクワクドキドキを周囲に悟られまいとなんとか抑えているのだろう。本人が一番乗り気なのだから、タチが悪い。


「どれだけ離れたらアウトなのかは、あえて聞いていません。もちろん多少は大丈夫でしょうが、あまり彼から離れないように」


 シュレーアはディアローズにそう警告した。彼女は神妙な表情で頷く。


「首輪自体、軍用のナノチューブ素材でできていますから……一度装着すれば外す方法はありません。無理やり外そうとすれば自動起爆しますし、何より首輪の強度が非常に高いので外れるより先に首がモゲるでしょう」


「御託は良い。覚悟はとっくに決めておるから、さっさとソレをつけるのだ」


 低い声でディアローズが言った。存外に落ち着いたその態度にテルシスが感心したような目で彼女を見たが、実際の彼女の内心を知れば頭を抱えるかもしれない。輝星はすでに頭を抱えたい気分になっていた。


「なるようになれだよ、もう……」


 深い深いため息を吐いてから、輝星はディアローズに歩み寄った。彼女は無言で膝を付き、首を差し出す。無言でその白い首に黒く武骨な首輪をはめると、一瞬躊躇してからロックをかけた。小さく電子音が鳴り、機能が正常に作動し始めたことを知らせる。


「わはははは、こうなっちゃ次期皇帝サマも終わりデスねえ! どうですか、気分は?」


 ケタケタと笑いながらノラが聞く。そんな彼女に、ディアローズは真顔で答える。


「今日は人生最良の日かもしれぬな」


「は?」


「アッ間違えた。最悪だ最悪。まったく、このわらわがなぜ奴隷などに……」


 あわてて訂正し、ディアローズはそっぽを向いてぶつぶつ呟く。そんな彼女をノラは怪訝な顔をして眺めていたが、妙な空気を吹き飛ばすようにシュレーアが明るい声を出す。


「ま、なんにせよこれで当面の懸案事項はなくなりました。肩の荷が下りましたよ、まったく」


「とはいえ、戦争が終わったわけじゃないんでしょ? 帝国の大軍が来るって話じゃ……」


 気を抜き過ぎなのではと輝星は思ったが、しかしその言葉にテルシスが首を左右に振る。


「それはその通りです、我が主。しかしいかにノレド帝国が大国とはいえ、いきなり大戦力を動かすことはできません。次の戦いは、すくなくとも一か月は先になるかと」


「その通り。そして我々も随分消耗しましたからね、しばらく積極的な軍事行動は無理です。合流した元帝国兵との合同訓練も必要ですし……」


「しばらく暇になると?」


 輝星は腕組みしながら聞いた。皇国軍も帝国軍も今回の作戦で大きく傷ついたし、物資もかなり消耗してしまった。動くに動けない状況なのは確かなので、帝国の本国がしばらく大人しくしてくれるのは確かにありがたいが……。


「ええ、良くも悪くもね。まあいい機会ですよ。しばらく忙しかったですから……骨休めが出来ます」


 遠い目でシュレーアは天井を見た。人質にされたり、帝国軍とくつわを並べて戦うことになったり……。さしもの彼女も、ずいぶんくたびれてしまった。ここで時間的な余裕が出来たのは、逆にありがたくもあった。


「というワケで、明日から皇室御用達の温泉旅館を貸し切り予約しているのです。どうです、輝星さんも一緒に行きませんか?」


「温泉旅館!?」


 予想だにしないその単語に、輝星は思わず咳き込みそうになった。

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