第百四十三話 判決

 ことがことだけに、ディアローズの裁判は皇都の正式な裁判所で行う必要があった。そのため彼女を乗せた巡洋戦艦"レイディアント"は、捕虜収容作業終了のめどがつくと即座に皇都へ帰還することとなった。もはや帝国軍の妨害も気にする必要もなくなったため、往路と違い帰路は楽なものである。

 皇都へ帰還後、待ち構えていた皇国司法局は即座にディアローズを裁判所へと引っ張っていった。軍事裁判であるから、弁護人に名乗り出たシュレーア以外は法廷へ入ることが出来ない。輝星たちは、ただ待つことしかできなかった。


「ふー……」


 皇国最高裁判所の控室で、輝星は小さくため息を吐いた。開廷して既に一週間がたっている。待っている方としては、神経が削られることこの上ない日々だった。


「今日判決が出るって話だがね、いったいどうなることやら」


 付き添いのサキが肩をすくめながら言った。彼女にとってディアローズは決して好ましい相手ではないせいか、その表情はやや皮肉げなものだ。


「といっても、わずか一週間のスピード判決デスからね。だいたい、予想通り進んだんじゃないデスかぁ?」


 輝星の代わりに答えたのは同じく付き添いのノラだ。彼女はソファーに浅く腰掛け、テーブルに足を乗せるというひどくだらしのない格好をしている。ノラにしても、あまりディアローズの心配はしていないようだった。


「案外、死刑の方向でスムーズに進んでしまった可能性もある。油断は大敵だぞ、ノラ卿」


 輝星の後ろで銅像か何かのようにじっと佇んでいたテルシスが言った。輝星の騎士になると宣言したあの日からずっと、この女はこうして輝星の後ろに従者めいて付きまわっている。


「怖いことを言う」


「申し訳ありません、我が主よ。しかし最悪の状況は常に想定しておく必要がありますから」


 ナチュラルに飛び出した我が主という呼び方にサキとノラが顔を見合わせ、ノラがべーっと舌を出した。サキは少し笑って、首を親指でスッとなぞるゼスチャーをする。ノラが神妙な顔で立ち上がると、無言でテルシスに飛び掛かった。


「ふん、甘い」


 が、テルシスはノラの突撃を完全に見切って回避し、そのまま袖と襟をつかんでブン投げた。ノラは悲鳴を上げながら床を転がっていくが、彼女の決死の想いで作った隙をサキは逃しはしなかった。鞘と鍔がヒモでくくり付けられた状態の刀を腰から抜き、大上段でテルシスに打ち込む。


「ふっ、意気込みは良し! だが、踏み込みが足りていないぞ!」


 しかしその一撃は、テルシスの愛剣によって阻まれる。こちらも鞘に収まったままだから、彼女としてもじゃれ合いのつもりだろう。渾身の一撃が防がれたサキの腹に、手加減した蹴りが綺麗に入る。


「おえっ!」


 思わずサキは剣を取り落とし、腹を押さえてうずくまった。その背中を、いつの間にか復帰したノラが優しくたたく。


「くそぅ……強すぎデスよ、あなた」


「はっはっは、勝負ならいつでも受けるとも」


 裁判所の控室などという厳粛な場で、いったい何をやっているんだと輝星が三人に白い目を向けた。サキとノラが同時に目をそらし、下手くそな口笛を吹く。


「暇なら本でも読むか、ゲームでもすればいいのに」


 文句を言う輝星だったが、その時控室のドアがノックされた。テルシスが表情を改めてドアに歩み寄る。サキとノラは素知らぬ顔で服についたほこりを払った。


「おや、噂をすれば……」


 壁に取り付けられた液晶モニターで来客の顔を確認すると、そこにはシュレーアとディアローズの姿があった。テルシスはドアのロックを解除し、彼女らを部屋に入れてやる。


「お待たせしました!」


 入ってくるなり、シュレーアは満面の笑みでそう言った。どうやら、最善の判決を勝ち取れた様子だ。


「やりましたよ! こちらの要求は、ほぼ飲んでもらえました! いやー難儀した……」


 まあ、もし死刑となってしまったのならこうしてディアローズと一緒にやってこられるはずもない。輝星はほっと胸を撫でおろした。


「じゃあ?」


「ええ、今後の対帝国戦に協力させるという条件で、死刑は回避できましたよ」


 実際のところ、戦争はまだ終わっていないのだ。皇帝自らが大艦隊を率いて皇国に再侵攻をかけるというシナリオは、もうほとんど既定路線になっている。元敵とはいえ優秀な人材が手を貸してくれるというのなら、皇国もそれを無碍にはしにくい。シュレーアたちはその部分を焦点にして裁判を優位に進めたのだ。


「なにしろ、帝国軍の内情を一番知っている人間の一人がこの女ですからね。それがもろ手を挙げて協力してくれるなら、これ以上強力な武器はないと、そう言い切ってやりましたよ」


「なるほど」


 シュレーアに頷き返し、輝星はディアローズの方を見る。


「お疲れ様。問題なく終わったみたいで何よりだ」


「ずいぶんとねちねち言われたがな……いやはや、愛のない鞭は駄目だ」


 ディアローズは疲労困憊の様子で肩をすくめる。ドMな彼女だが、流石に検察や裁判官の追求では気持ちよくなれなかったらしい。流石にそんなもので気持ち良くなられたらタチが悪いにもほどがあるので、輝星は内心少し安堵した。


「で、結局判決はどうなったんすかね? さすがに無罪放免とは行かんでしょう、こいつは」


 サキがどうでもよさそうな口調で聞く。なにしろ、ディアローズはカレンシア派遣艦隊の総司令なのだ。皇国からすれば憎くて憎くてたまらない相手には違いがない。極刑は避けられたとしても、それなりの重い刑が言い渡されるのではないかと彼女は考えていた。


「ああ、刑ですか。そりゃもちろん、奴隷刑です。身分をはく奪し、奴隷として売り払う。まあ、貴族には死刑よりツライ刑かもしれませんね」


「ど、奴隷……」


 その物々しい単語に、ノラがゴクリと生唾を飲んだ。しかし反対にシュレーアは気楽な様子でポケットからあるものを取り出し、輝星に渡す。


「というワケで、今日から輝星さんがこの女のご主人様です。ソレをつけてやってください」


 シュレーアから渡されたもの、それは犬用のモノによく似た首輪だった。

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