第百四十二話 騎士
「だいたい、ご褒美たって何を要求するつもりなんです? もしかして再戦?」
戦果レースの景品にされたことを思い出して苦い表情を浮かべながら輝星は聞いた。テルシスは性欲優先になりやすいヴルド人には珍しく、素でかなり紳士的……いや、淑女的な性格をしている。で、あれば要求も趣味の戦闘関連である可能性が高いのではないかと考えたのだ。
「いや、違います。今すぐ再戦したところで、拙者の敗北は避けられない……また戦いたいかといえばもちろん肯定ですが、それはせめて拙者側に一太刀入れられる力量がついてからの方が望ましいでしょう」
「なるほど」
輝星は腕を組んで頷いた。以前の戦いでは、三対一という圧倒的な状況でさえ彼女ら四天が敗北しているのである。まして一騎討ちなどしようものなら、結果など火を見るよりも明らかだ。
「幸い、あの戦いで目指すべき場所は見えました。あまりお待たせし続けることもないでしょう……」
満足げな表情で何度か頷いてから、テルシスは表情を改めて続けた。
「しかしそれはまだ未来の話。今現在貴方にお願いしたいことは、また別のことなのです」
「あまり無体なことを要求するようであれば、雇い主権限で止めさせていただきますが」
輝星を守るようにして、厳しい表情のシュレーアがずいと前に出る。ただでさえやっと彼を取り戻せたばかりなのだ。これ以上帝国側の人間に輝星を取られたりすれば、たまったものではない。
「まあ、何でもよい。とりあえず言わせるだけ言わせればよいではないか、ヤツの要求とやらを」
対してディアローズはといえば、話の主役が自分ではなくなってしまったせいかやる気のない態度を隠しもしていなかった。手をひらひらさせながら、しらけた目つきでテルシスの方を見る。
「ふむ……では、改めて」
その言葉を受けたテルシスはすっくと立ちあがり、背筋を伸ばして輝星に向き合った。そして胸に手を当て、深々と頭を下げる。
「拙者、テルシス・ヴァン・メルエムハイムを貴方の騎士にしていただきたいのです」
「き、騎士……」
ヴルド人の軍組織にいれば耳にタコが出来るほど聞く単語だが、決してその言葉は軽いものではなかった。輝星は微かに表情を引きつらせた。要するに彼女は、輝星と個人的な主従を結びたいのだ。
「なんだ、そんなことか。輝星、受けてやっても良いのではないか? 奴は実家も太いし、剣術の腕も折り紙付きだ。部下にしておいても困ったことにはならぬぞ」
が、ディアローズは無責任にこう言い放った。反射的にシュレーアが文句を言おうとしたが、ディアローズはこれを真剣な表情で手招きして遮る。どうやら内緒話がしたいようだ。不承不承、シュレーアは従った。
「奴は帝国でも最強の剣士の一人だ。それが自主的にボディーガードになってくれるというのなら、お買い得物件ではないか」
こそこそとした小声で、ディアローズが激しく主張する。自分にも敬語を使わないような傲慢不遜なテルシスが輝星には一貫して敬語で接していたので、こうなるのではないかと予想していたようだった。
「し、しかし……そんな相手が一転、輝星さんの身を狙ったらどうするのです? 憲兵を差し向けても平気で撃退しそうじゃないですか、あの人」
「ヤツの脳みそには騎士道と剣術のことしか入っておらぬ! 万一色気づいても、貴様以上のうぶな態度しかとれぬであろうよ。
「た、確かに……」
すでにテルシスはディアローズの指揮下から自主的に離れているのだから、彼女がテルシスを使って何やら悪事を考えている可能性も低いだろう。少し考えた後、シュレーアは納得して頷いた。
「輝星さん、確かにこれは悪い話ではありませんよ。私はこの件には賛成です」
「すっかり丸め込まれちゃって、まあ」
輝星があきれると、シュレーアの後ろでこっそりディアローズがピースサインをして見せた。虜囚の身にもかかわらず、やたらと楽しそうなのだからタチが悪い。
「わかった、わかりましたよ。こんな根無し草と主従を結んだって、いいことはないと思うんですけどね」
「貴方と同じ戦場に立てるのならば、それが何よりの報酬となりますとも」
これは筋金入りだと、輝星は苦笑した。それを肯定と受け取ったのかテルシスは表情を明るくし、深く頷く。
「これより拙者は我が主の剣となり、降りかかる厄災をすべて打ち払って見せましょう。すべてお任せを」
「次の戦いもハードになるぞ。それに、俺は残念ながら給料をたくさん出せるほど裕福じゃない」
「激しい戦ならむしろ願ったりかなったりです。そして、もちろん給料などいりませんとも。むしろ、金なら拙者がだしましょう」
「どこの世界に配下にお金を出してもらう主君がいるのさ……」
そんな情けないことにはなりたくないと、輝星は渋い表情で首を左右に振った。
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