第百四十一話 罪状の名は
「まあ、それはその通りですよ。何しろ、あなた方帝国軍がしでかした最大の非人道行為が終末爆撃な訳ですからね」
腕を組みつつ、シュレーアが厳しい目つきでディアローズを睨みつけた。彼女は冷や汗をかきつつ、視線を逸らす。
「その所業のツケを誰かに払わさねば、皇国の世論は収まりませんよ」
「本国では……」
シュレーアの言葉に答えるようにしてテルシスが言う。彼女は帝国軍が終末爆撃を行っていた時期に帝国本国にいたわけで、決して当時の内情を知っていたわけではない。だが、その意見を参考にすることくらいはできるだろう。テルシスをわざわざ連れてきたのは、そういう理由だった。
「ディアローズがやらかした、という論調で報じられていたな。むろん低コストで可住惑星が手に入るわけだから、喜んでいる者も居たが。しかし、良識派は彼女が本国へ帰還し次第糾弾するべきだと主張していたな」
「う、うむ。むむむむ……」
耳が痛くなるような言葉に思わずディアローズは目をつぶり、唇を突き出して唸り始めた。もしつつがなく戦争に勝利して帝国へ帰還できていたとしても、もしかしたら彼女は今と同じように立場を失って孤立していたのかもしれない。
「一応、あなたの幕僚たちにも尋問をしたのですが……全員口をそろえて貴女に命令されたと証言していました」
「で、あろうなあ……命令を出したのは
冷や汗の浮かぶ顔をハンカチで拭い、ディアローズはため息を吐く。
「でもさ」
しかしそんな彼女を弁護するような口調でそう言いながら、輝星が指で軽く椅子のアームレストを叩いた。
「そんな命令をディアローズが出すのは、どうも違和感がある。この人の戦術や戦略は、受ける被害を局限しようとすることが多い。自分をオトリにしてこちらの火点を炙り出したり、二線級部隊で俺たちを足止めして主力部隊を守ったりとかね」
「確かに……」
シュレーアは自分の顎に手を当てながら、静かに過去の戦いを思い出した。どんな被害を出してでも勝てば良いというような猪突猛進型の指揮官ならば、ああいった戦術はとらないだろう。
「終末爆撃は、メリットも多いですがデメリットも多い。なにしろ余計な弾薬は山のように浪費するし、非道な行為をするわけですから味方の士気は下がるし敵の士気は上がる」
こういった植民狙いの侵略では、元居た住人は大型輸送艦や商船にねじ込んで相手交戦国に押し付けるのが普通だ。防御側は自国民なので受け取り拒否できないし、難民を抱えるぶん相手方の物資やマンパワーを浪費させることが出来る。純軍事的には見れば多少手間と時間がかかってもそれが一番ベターなのだ。
「らしくないよね、わざわざ戦いの難易度を上げるようなこの選択は。つまり何が言いたいかというと、きみにこの非道な作戦をやれと命令を出したやつがいるんじゃないかってこと」
「う、うむ。うむ。……居る……」
「なに、貴様の独断ではないのか? しかし、次期皇帝である貴様に命令できる相手など……」
「それはもう、皇帝しかいないでしょうね。黒幕は」
結論はすでに分かり切っていたと言わんばかりの口ぶりで、シュレーアが肩をすくめた。そんな彼女をテルシスが驚いたような目で見る。
「し、しかしだ。皇帝陛下はディアローズが帰還したら叱責すると、そう仰られていたぞ。自分で命令をしておいて、その通り実行した部下を叱責するなど、道理が通らないではないか」
「皇帝陛下は……母上は……貴様の責任において終末爆撃を実行せよと。自分は責任を取らぬからと……そう命令したのだ、
とうとう観念したディアローズが、絞り出すような声で言った。彼女としては、あまり言いたいことではなかったのだ。
「命令をだしておいて、それはないだろう! 命令をしたものが責任を取る! それが貴族の矜持というものだ。もしそれが本当ならば、なぜ貴様はそのような命令を受諾したのだ!」
ひどく憤った様子のテルシスがディアローズの肩を掴んで激しく揺すった。馬鹿力で脳みそをシェイクされた彼女は「や、やめろぉ!」と情けない悲鳴を上げる。あわてて輝星がテルシスの背中を軽くたたくと、テルシスは不承不承といった様子で手を止めた。
「いや、ちょっと……それを言うのは恥ずかしいのだが……」
「いや、今さら恥ずかしいとか言っても無駄でしょ。観念しなさいよ」
「それもそうか」
半目で言う輝星に、ディアローズは真顔で頷いた。すでにあれほどの痴態を見せているのだから、恥ずかしいなどと言ったところでもう手遅れだ。
「
「ん!? あ、ああー……」
合点がいって、輝星は大きなため息を吐いた。おそらく皇帝はディアローズのマゾを見抜き、"ご主人様"として命令を出すことで彼女を無理やり従わせていたのだ。娘の性癖を利用する母親など、タチが悪いにもほどがある。
「何を納得しているんです?」
一方、そんな事情を知らないシュレーアは小首をかしげて聞いた。もしシュレーアが同じ立場で、母親である皇王につよく終末爆撃を命令されたところで彼女は問答無用でそれを拒否するだろう。だからこそ、逆になぜディアローズが従ってしまったのかさっぱり理解できないのだ。
「いや、なんというか……」
まさか先日の出来事をハッキリ明言するわけにはいかない。輝星は少しの間考えてから、ゆっくり言葉をつづけた。
「この人ってさ、見た目気が強そうだけど……ヘタレじゃない」
「ンッ!」
唐突な罵倒にディアローズの肩が震えた。反射的に伏せた顔はすでに真っ赤になっていた。
「確かに恥ずかしげもなく土下座で命乞いしてましたね……」
「だから、そういう弱い所をうまく利用されてたんじゃないかなって」
「なるほど。……いや、納得はしましたが、そんな意志薄弱な人間が次期皇帝ってどうなんですか?」
「精神が多少弱くても偉そうな演技と戦闘指揮だけは抜群に上手かったんでしょ」
「ンンッ!!」
二度目の罵倒に、ディアローズはテーブルに身を投げ出して崩れ落ちた。うつ伏せになって顔を隠したまま、背中はプルプルと震えている。
「本当に精神が弱いようだ」
興味深そうにそういうテルシスだが、実際は悦んでいるだけだ。もちろん、その事実に気付いているのは輝星だけだが。思った通りの愉快な反応に、輝星は内心ご満悦である。他人が嬉しそうにしているのは、気分がいいものだ。
「しかし、ならばこそ困りましたね。そんな事情なら、命令書なんかもないでしょう。証拠として立件するのは……」
いくらディアローズが責任は皇帝にあると主張したところで、形式上は彼女が命令者である以上は保身のための単なる嘘として片づけられる可能性が大きい。ディアローズの助命を目指す側としては非常になりにくい。
「そこはもう、強弁するしかないのではないか。どうせ、帝国とのさらなる戦いは避けられないのだろう?」
テルシスが聞く。停戦交渉がうまくいっていないことは、彼女も聞き及んでいた。
「ええ。……まあ、カレンシア派遣艦隊など帝国にとっては一戦力にすぎませんからね。おそらく、今回よりさらに大規模な艦隊を組んで再侵攻を狙うでしょう」
勝てる戦力があるというのにあえて敗北を呑むような真似はしないということだ。それを実行できるだけの軍事力は、確かに帝国にはある。
「ならば、その艦隊の司令官は間違いなく皇帝陛下だ。それを利用して、こう主張するしかない。『自分は皇帝にハメられた! 復讐したいから皇国軍に手を貸す!』……若干苦しいが、この女の実力は皇国でも知れ渡っているだろう。なんとか頑張れば、戦力目当てで不承不承許してくれるのでは」
「う、うむ……。そうだな、
ちらりと輝星の方を見ながらそんなことを言うディアローズに、シュレーアはため息を吐いた。
「わかりました。……はあ、仕方ありませんね」
敵が次々味方になっていくという怪現象に、シュレーアは頭を抱えるしかなかった。そんな彼女を慰めるように肩を優しくテルシスが叩き、そのまま満面の笑みを浮かべて聞いた。
「では、この話はこれでいいな? 拙者の方の本題に入りたいのだが」
「え、なんか用事があったんですか?」
「むろんだ」
深く頷く彼女に、シュレーアは「ではどうぞ」と少し嫌そうに言う。
「我々が決起するときに、戦果を最も挙げたものが輝星殿からご褒美を頂くという約束があっただろう? それを果たしてもらおうと思ってな」
「えっ」
「自慢ではないが、先日の戦いで最も戦果を挙げたのは拙者だ。ヴァレンティナにもノラ卿にも確認を取ったから、間違いない」
「あれはあなたが言い出したんでしょ! マッチポンプじゃないですか!」
輝星は困惑したが、テルシスは悪びれもせず「その通りだ」と開き直ったのだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます