第百三十九話 ディアローズの告白・テイクツー

「す、すまぬ。見苦しい姿を見せた」


「本当だよ……」


 半目になって輝星は口を尖らせた。そんな彼の顔を見たディアローズが完熟リンゴのような顔色のまま、照れた様子でふにゃりと笑う。


「いや、しかし……不思議といい気分だ。こんな恥ずかしい姿を見られたのだから、普通なら死にたいほど後悔してもおかしくないと思うが」


「ま、まあ、ストレスとか重圧とか、いろいろあっただろうし。いっそ恥ずかしいところも全部含めてぶちまけた方が楽になるというのは、確かにあるかもしれない」


 彼女の現状を考えれば、あまり強いこともいえないだろう。何しろ自分が死刑になるかもしれないなどというハードな話があった当日なのだから、多少錯乱しても仕方のない事だろう。


「そうか。うん、そうだな。それは……あるかもしれぬな」


 ディアローズは何度も頷き、そして何度か深呼吸し、輝星の目を真っすぐに見つめる。


「では、ついでにもう一つ恥ずかしいことを言っておこう」


「まだあるの……」


 げんなりした顔で輝星が呻いた。


「莫迦もの、今度はわらわの性癖の話ではない……!」


 少し怒った様子でディアローズが軽く睨みつけると、輝星は申し訳ないと苦笑した。


「その、なんだっ! ……わらわは貴様を、北斗輝星を愛しておるのだっ!」


 輝星は思わず咳き込んだ。突然のカミングアウトでショックを受けるのは先ほどに続いて二回目だが、ある意味これは一回目より刺激の大きい告白だった。


「ごほっごほっ! ……い、いきなりだなあ」


「あ……い、言っておくが返事などするでないぞ! 別に貴様に好かれておらぬ事くらい、わらわもわかっておる。が、それはそれとして断られるのは普通にショックだからな!」


「え、ええ……」


 傍若無人なディアローズの言いように、輝星は思わず苦笑した。そして、少し考えこむとにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべてディアローズへと歩み寄る。


「返事をするなというから、恋愛感情についてはノーコメントだ。ただ、あえて言わせてもらうとね?」


「な、なんだ?」


 緊張した面持ち聞き返すディアローズ。そんな彼女に、輝星はずいと顔を近づけた。ギリギリ鼻が触れ合うような距離だ。ディアローズの心臓が跳ね上がり、身体がびくりと震えた。


「一人の人間としては、貴女のことは俺も好きだよ」


「んなっ!?」


 完璧な形で精神的なカウンターパンチを喰らわされたディアローズが奇妙な声を上げる。輝星は笑顔のまま顔を彼女の前から放すと、わざと足音を立てながらディアローズの背後に回る。全身を拘束されたディアローズは後ろに振り向くことが出来ず、ドキドキしたまま輝星の次の言葉を待った。


「何しろ、貴女は強い! この俺を負かした!」


「い、いや……それは……人質などという汚い手を使って……」


 思わずディアローズが萎縮した声で言い返した。シュレーアを人質に取ったのは自分自身の判断だが、それを恥じるくらいの品性は彼女とて持ち合わせている。


「あの場でシュレーアを墜とされたのは、俺の援護が間に合わなかったからだ。その上でああいう手段を取ったわけだから、それを卑怯だとは俺は思わない。それに……」


「それに?」


 聞き返すディアローズの耳元に、輝星は口を近づけた。以前ヴァレンティナに背後で好き勝手された時のことを思い出しつつ、彼は囁くような声で言った。


「前にヴァレンティナに言われたんだよ」


「ふひゃあ! な、なんだ、なんなのだ!? ヤツから何を言われたのだ!?」


 耳元で想い人にささやかれた喜びと、このシチュエーションで妹の名前が出てきたという不快感の板挟みにあったディアローズが奇妙奇天烈な声で叫ぶ。

 その様子が思いのほか面白かった輝星は、思わず小さく笑ってしまった。ヴァレンティナには好き勝手やられたが、なるほどやる方になってみるとなかなか楽しいものだ。妹にやられた仕打ちを姉に返すのも悪くはないだろうと、そんな割と酷いことを考えている。


「ディアローズは卑怯なことを平気でする。ストライカーに乗ってないときを狙ってくるかも……ってさ。この星系での作戦が始まる、ずっと前にね」


「や、ヤツめ、いつの間に輝星と接触を!? と、というか、ヤツからはそんな風に思われていたのか、わらわは!?」


 さすがにショックを受けたディアローズが困惑する。確かに戦場ではいろいろやったが、流石に実の妹から悪の権化のような扱いを受けるとは思ってもみなかったのだ。

 この様子に、輝星はちょっと失敗したと口元を引き締めた。別に彼女とヴァレンティナの仲を裂きたいわけではない。ディアローズを元気づけられれば、それで良いのだ。少し考えて、彼女の狼めいた耳にふっと優しく息を吹いてみた。


「あ、あ、あ!」


 その奇襲に、ディアローズの一瞬下がりかけていた興奮が一気にボルテージを上げる。


「まあ、今はそんなことはどうだっていいよ。結局、刺客が来ることなんて一度もなかったわけだから」


「あ、当たり前であろう!」


「だからだよ、俺がディアローズを気に入ってるのはさ……」


「き、気にっ、気にぃっ!?」


 許容量がいっぱいになってしまったディアローズの情緒は、もう滅茶苦茶になりかかっていた。しかし輝星は容赦しない。


「俺とディアローズが勝負をしたのは、あくまで同じ盤の上での出来事だ。それ以外の盤外要素は戦場のあれこれに関わっていない。だから、俺は貴女に負けたと認める」


 あれほど輝星を負かすことに拘っていたというのに、ディアローズはその言葉に特に悦びは感じなかった。なにしろ(命の危険がない範囲で)負けるのは自分の方が気持ちがいいからだ。


「俺は全力で戦うことが好きだし、同じように俺と全力で戦いに来る相手も好きなんだ。才能も持てる手札も全部使って俺に応戦してきたディアローズのことは、かなり好きだ。……恋人云々じゃなくて、趣味に付き合ってくれる相手という意味でだ、だけど」

 

 ぼそりと付け加える輝星だったが、とうに精神が限界を迎えていたディアローズにそんなことを気にしている余裕はない。彼女に出来ることは、意味の分からない小さな奇声を口から漏らすことだけだった。


「そんな相手が処刑されるのは困るからさ。俺も手を貸すから、なんとかディアローズも元気を出して頑張ってほしいわけだよ。わかるね?」


「う、うむ。わかった」


 ディアローズはなんとかそれだけ言った。だが、輝星にはそれで十分だ。満足げに笑うと、ふと目の前に揺れる彼女の耳が目に入る。


「……ちょっと聞きたいんだけど、痛いのが好きなら耳を甘噛みされるのとか、どう?」


「甘噛み! 耳!」


 ディアローズは興奮した声で叫ぶと、一瞬考え込んだ。そして再び口を開く。


「な、何が望みだ! 金か? 金なのか? わらわ全財産でいいのか? ぜんぶ出す!」


「こんな時にお金の話をするんじゃないよ生々しい!」


「す、すま……ン゛ッ!!」


 謝罪の言葉も間に合わず耳に噛みつかれたディアローズは、それはもう大変なことになった。

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