第百三十八話 ディアローズの告白

 輝星が要求したのは、ディアローズとの一対一の面会だった。相手が相手だけに難色を示されるかと思ったのだが、シュレーアは思ったよりも簡単に許可を出してくれた。彼はやや緊張した面持ちで、案内された部屋に一人で入っていった。

 そこは小ぶりなテーブルと椅子がいくつかあるだけの、質素で殺風景な部屋だった。おそらく面会専用の部屋なのだろう。輝星と対面側の椅子には、ディアローズが座っていた。


「まさか……会いに来てくれるとは思わなかったぞ」


 ディアローズは苦笑しながらそう言う。彼女の手と脚には特殊合金製の頑丈な枷がはめられており、まともに身動きできない状況だ。こんな姿で出迎えるのは恥ずかしいのか、表情はやや赤らんでいた。この厳重な拘束は、安全に輝星一人で面会するための一時的な処置である。彼が万一人質にでも取られれば非常に困ったことになるからだ。


「いろいろ、話したいことがあったので。……随分キツく拘束されてますけど、大丈夫です?」


 身動きもとれそうもない彼女の姿に、輝星は思わず聞いてしまう。自分の安全のためというのはわかるのだが、いくらなんでもやり過ぎなのではないかと思わずにはいられない。


「い、いや、そんなに悪くはない。気にするな」


 こういうのも悪くないなと言わんばかりの表情でディアローズは答える。実際、こんな状況だというのにドキドキしてしまうのだから、自分の性癖はなんと度し難いのだと彼女は内心自分にあきれていた。


「それより、もはやわらわは貴様に敬語を使われるような身の上ではない。楽な言葉で喋れ」


「は、はあ……わかった」


 このようなことを言われたのは彼女で三人目だ。もはや慣れてしまった輝星は、小さくため息を吐いて頷いた。


「まったく、笑ってしまうな。この間とは立場が真逆になってしまった」


 自嘲めいた声で言いながら、ディアローズは引きつった笑みを浮かべる。実際、彼女が輝星を捕まえてからまだ一週間もたっていないのだ。


「とはいっても、貴女は別に俺を殺すつもりはなかったでしょ? でも、今回は……」


「その話はしないでくれ。正直、不安なのだ」


 暗い表情で目をそらしながら、ディアローズが言う。シュレーアは助命の方向で話を進めるとは明言したが、しかしあの場ではそれ以上の具体的な話はされなかった。今のところいったいどのような処断が下されるのかさっぱり予測できない以上、不安を覚えるなという方が無理があるだろう。


「そ、それに……殺すつもりがなかったのは確かだが、わらわが貴様にずいぶんと酷いことをしてしまったのは事実だ……本当に申し訳ないと思っている……すまぬ……」


 視線を輝星に戻し、ディアローズが深々と頭を下げた。決して、命惜しさに心にもない謝罪をしている態度には見えない。むしろ、心底後悔をしているような雰囲気があった。


「謝られたからには、許すよ。別にケガをしたわけでもないし」


 その殊勝な様子に、輝星は軽く笑って手をひらひらと振った。若干恐怖を覚えたのは事実だが、まあ珍しい体験をしたと割り切れる程度のものだ。


「すまぬ、すまぬ……ありがとう」


 目尻にじんわりと涙をためて、ディアローズは言った。許さないと言われてしまったどうしようと、ずっと考えていたのだ。胸のつっかえが取れた気分だった。


「ところで、そのことについて一つ気になっていることがあるんだけど……いや、正直に言うとね、それが聞きたくて俺はここに来たわけだけど」


「……なんだ?」


「あの時、なんで俺を解放したのかなって。あのタイミングで俺の拘束を解く理由は全くないと思うんだけど」


 輝星が無傷で助かったのは、ディアローズが妙なタイミングで拘束を解除したからだ。事故などではなくわざとやったことは明らかであり、そこに輝星は疑問を覚えていた。

 対するディアローズはその言葉に、頬をリンゴのように真っ赤にした。子犬のようなか細い声でしばらく唸り、躊躇しながら再び口を開く。


「あ、あれは……その……貴様にやっていた行為が、自分の趣味に合っていなかったことに気付いてしまって、無意識に……」


「しゅ、趣味?」


 思った以上に妙な理由が出てきて、輝星は首を傾げた。ディアローズは顔を赤くしたまま、汗をだらだらと垂れ流す。しかしどこか悦んでいるようにも見えた。


わらわは、なんというか……鞭で打ったり、言葉で責めたりとか、そういった事が好きだとずっと思いこんでいたのだ。しかし……実際は逆だった」


「逆」


 唐突な性癖カミングアウトに困惑した輝星は、オウムのように相手の言葉を繰り返すことしかできない。ちらちらとそんな彼を伺いながら、ディアローズが続ける。


「鞭責め、言葉責めをされたいのは、実際はわらわ自身だったのだ……あの時は、貴様に押し倒されてわらわ自身を滅茶苦茶にしてほしかった」


「え、ええ……」


「男に押し倒され、好き勝手貪られたとあっては帝姫としての体面などメチャクチャだ。しかもそれが実の妹の前で行われるというのだから、興奮するなという方が無理だ! そうだろう!」


 唐突にエキサイトし始めたディアローズは、ミノムシのように拘束されたままずいと身を乗り出した。若干身の危険を感じて、思わず輝星が退く。


「この際だから告白するが、わらわは所謂マゾヒストというヤツらしいのだ……! 実のところ、今もこんな情けない姿を貴様に見られていると思うと、興奮して興奮して……!」


 あまりにひどい告白に、輝星の額にタラリと冷や汗が垂れた。


「ああ、そんな顔をして……ゾクゾクする……!」


「ちょっと落ち着いてもらえない!?」


「すまぬ、すまぬ……こんなわらわで済まぬ……嗚呼、もっと冷たい目で見てくれ!」


「興奮しないで、頼むから」


 恍惚とした表情でモジモジし続けるディアローズの姿は艶めかしいが、それはそれとしてこんな状態では落ち着いて話もできない。輝星の声には懇願するような響きがあった。


「そんな無茶を……い、いや、わらわを一発殴ってくれ! そうしたら落ち着くかもしれぬ!」


「なんで!? なんでそうなるの!?」


「殴れ! さあ、早く! 早く早く!」


 期待満面の表情でディアローズは要求した。いい加減面倒くさくなった輝星はすっくと立ちあがり、ディアローズの頭にチョップをお見舞いした。


「あふっ!」


 割と全力に近い力が込められた一撃だったが、ディアローズは恍惚の極致に達した様子で熱い息を吐くのだった。

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