第百二十七話 見舞い

 翌朝。皇国艦隊とヴァレンティナ派の艦隊が合流を果たした。昨日までは敵でしかなかった帝国の真紅の軍艦が平気な顔をして自分たちのすぐ横に停泊しているのだから、皇国兵たちは落ち着かないことこの上ない。もちろん事前の説明はあったが、だからといってすぐ納得できるようなものでもないからだ。


「……格納デッキは、どこの国も変わりがないですね」


 そんな微妙な雰囲気の中、シュレーアやサキたち一行はヴァレンティナの座乗する高速戦艦"プロシア"を訪れていた。もちろん、輝星を見舞うためである。

 "プロシア"の格納デッキは、面積こそかなり広いものの構造や設備としては"レイディアント"のものと大差ない。自国以外の軍艦に乗るのはほとんど初めてなシュレーアは興味深そうに周囲を見回していた。一晩ゆっくり寝たおかげで、随分と機嫌は改善されているようだ。


「機体の塗り替えを行っているのは、敵味方識別のためですか?」


 塗装作業中の"ジェッタ"を指さしながら、シュレーアは聞く。この作業を行っている機体はこれ一機ではなく、駐機中のほぼすべての機体で行われていた。換気装置が全力で稼働しているものの、強い溶剤の臭いがデッキ中に充満している。


「ああ、同士討ちは困るからね。一目でこちらの味方と理解できるようにした方がいいだろう?」


 皇国一行を先導していたヴァレンティナがにやりと笑い、タブレット端末を操作してシュレーアたちに見せた。そこには、機体の中央部に白いストライプ柄が追加された"ジェッタ"のCG画像が表示されている。


「本当なら全塗装で別の色に変えたいところだが、手間と時間がかかりすぎる。簡易的な処置だが……このストライプ柄の帝国機は、味方だと思ってくれたまえ」


「なるほど、まあこれならば見間違いはしないでしょう」


 電子的に敵と味方を判断してくれる敵味方識別装置IFFはどの機体にも標準装備されているものの、敵と味方でまったく同じ見た目では不測の事故が起こりかねない。こういった配慮は必要だろう。

 そんなことを話しつつ、一行は輝星の居る医務室へと向かった。周囲を帝国兵に囲まれていることに居心地の悪さを感じるシュレーアだったが、意外と彼女らの視線に敵意らしいものはない。少なくとも、この共闘に反感を覚えている風には見えなかった。


「ここだ」


 しばし歩き続けた後、ヴァレンティナは大きな扉の前で立ち止まった。その扉の両脇では、ライフルで武装した歩哨が二人たっている。随分と厳重な警備だ。

 歩哨に一礼しつつ室内に入ると、消毒液の香りが微かに混じった独特の空気が一行を出迎えた。医務室と言っても旗艦級の戦艦のものだけあって、ちょっとした診療所くらいの広さがった。ヴァレンティナは挨拶に来る医官たちに笑顔を振りまきながら奥へと進んでいく。


「我が愛の様子はどうかな?」


「問題はありません。熱もある程度下がりましたし、意識もはっきりしていますよ」


 本来、わざわざ入院させなくても薬を飲んで寝ていればすぐ直る程度の症状だったのだ。ここまで手厚く処置しているのは、単なるヴァレンティナの過保護にすぎない。医官の言葉に頷いてから、医務室の最奥にある扉をノックした。


「わたしだ。我が愛、入ってもいいかな?」


「どうぞー」


 返ってきた輝星の声は、しごく軽いものだった。それにシュレーアはほっと胸を撫でおろす。ドアを開けて中に入ると、そこはベッドが一つだけ置かれた広い個室になっていた。窓のような意匠の大型モニターが壁に設置されており、森の中の映像が表示されている。


「ああ、久しぶり。ごめんよ、心配かけて」


 シュレーアとサキの顔を見た輝星はベッドから起きようとしたが、慌ててそれを止めるシュレーア。


「い、いや、大丈夫です! 休んでいてください、輝星さん」


 そう言って小走りでベッドに駆け寄る。サキもそれに続いた。輝星の顔はやや赤いものの、そこまで体調の悪そうな様子ではなかった。


「皇国と合流するって聞いてたんで、ちょっとびっくりしてたけど……本当だったわけか。いやはや、五体満足で再会できて何より」


 照れた様子で輝星は頬を掻き、苦笑した。ディアローズにつかまった時点で、死ぬかもしれないと覚悟はしていたのだ。


「縁起でもないこと言うなよ、お前」


 にじんだ涙を拭きながら、サキが乱暴な口調で言う。そして優しい手つきで彼の頭を小突く。


「無茶しやがって、この! あたしらなんか置いて、お前だけ逃げりゃよかったのに」


 輝星は何か反論しようとしたようだが、口を開くより早くシュレーアが彼の身体に抱き着いた。


「無事で……本当に良かった」


「いやいや、風邪がうつるよ! 離れて離れて!」


 慌てる輝星だったが、シュレーアは耳を貸さなかった。力強く彼の身体を抱きすくめ、放そうとしない。


「本当に、本当に申し訳ない……私が失敗したばかりに、こんな……」


「俺に剣を寄越したからそっちが不利になったんでしょ! どっちかと言えば俺のせいじゃないか」


 彼の言葉を無視して、シュレーアは後悔の言葉を吐きつつ輝星を抱き続ける。結局、輝星が解放されたのは十分以上後のことだった。

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