第百二十六話 呉越同舟(2)

「なるほど……ディアローズを討つために、我々に協力せよと」


 それから数十分後。場所を会議室に移した一行は、ヴァレンティナから例の共闘案の説明を受けていた。皇国側はシュレーアとサキ、そして参謀のソラナという布陣だ。当然、帝国側は例の三人だ。

 ヴァレンティナの提案は、輝星の病室で話していた内容そのままだ。すなわち、皇国とヴァレンティナ派の共闘である。確かに彼女らと協力すれば、彼我のパワーバランスは一気にこちらに有利になる。なにしろ、ヴァレンティナの手勢はこの惑星に居る帝国軍の半分近い数なのだ。これに皇国が協力すれば、ディアローズごときに後れを取るはずもない。


「しっかし、随分と都合のいい話だな。お前たちはこの国で随分と好き勝手やってきたんだぜ? そう簡単に仲良しこよしなんざ、できるはずがない」


 サキが強張った表情で言う。確かに提案だけ見れば、劣勢の皇国軍としては渡りに船だ。しかし、都市部への軌道爆撃をはじめとする非人道的行為を繰り返した帝国軍と共闘するのは、感情的にはなかなか難しいものがあるのも事実だ。


「確かにそれはその通りだ。しかし……」


「ヴァレンティナ殿」


 その言葉は予想通りだとばかりに滑らかな口調で何かを言おうとしたヴァレンティナだったが、それをテルシスが止めた。彼女は厳しい視線をヴァレンティナに向け、はっきりと言う。


「理由はどうあれ、こちらは加害者なのだ。それを忘れてあれこれ言ったところで、向こうが納得するとは思えないが。話し合おうというのならば、まずは誠意を見せるべきなのではないか?」


「うっ……」


 道理である。過去の遺恨を捨てて手を取り合おう! などと加害者の方から言ったところで、被害者側が納得するはずもない。


「はん、帝国にもまともな神経をしてるヤツがいるじゃないか。あんた、名前は?」


「テルシス・ヴァン・メルエムハイム。……おそらく、初対面ではないな。おそらく君は、あのサムライのような機体のパイロットだろう? 雰囲気でわかる」


「……んなっ!? お前、"天剣"かよ!?」


 只者ではない雰囲気は出していたが、予想以上の大物が出てきたとサキは口をあんぐりと開けた。


「拙者だけではない。ここにいるノラ卿も四天の一人、"天轟"だ」


「最高戦力が次々離反ですか。帝国の内情もひどい有様ですね」


 冷笑を浮かべながら、シュレーアが吐き捨てる。醜態を晒しまくっただけあって、ディアローズは随分と部下から嫌われたようだ。


「……戦うにしても、やり方がある。姉はそれを理解していなかったのだ」


 反対に、ヴァレンティナは苦々しい表情でため息を吐いた。彼女としてはあんな奴の同類扱いはされたくないが、しかし皇国側から見れば、ヴァレンティナもディアローズも憎らしい仇敵には違いがないのだろう。ヴァレンティナは静かに立ち上がり、シュレーアたちに深々と頭を下げた。


「軌道爆撃の件は、完全にこちらの落ち度だ。深く謝罪する」


「……」


 その言葉に、皇国軍の三人は無言で顔を見合わせた。ヴァレンティナはさらに言葉を続ける。


「むろん、この戦いが終われば正式な謝罪文も出す。賠償金もだ。……謝って金を出せばそれで解決するような軽い問題ではないのは理解しているが……どうか我々に、罪を償う機会を与えてほしい」


「口ではどうとでもいえますがね」


 シュレーアは眉間に皺を寄せて唸った。ヴァレンティナ自身も言っているが、謝られたからと言って『ハイそうですか』と許してやれるほど両者の溝は浅くない。しかし、その因縁にとらわれてさらなる死者を出すのも考え物だ。彼女はちらりと後ろに控えた参謀ソラナに目配せした。ソラナは静かに頷く。


「まあ、いいでしょう。事実として、援軍も賠償もないよりはあった方が圧倒的に良い。とりあえず、ことが終わるまではこの問題は棚上げということで」


「感謝する」


 再び頭を下げたヴァレンティナは、ほっと息を吐きながら席についた。


「で、もうひとつ肝心なことを聞いておきます。あなた方は、輝星さんの身柄をどうするつもりなのですか? まさか、この機に乗じて己のモノにしようだなどという不埒なことは考えていないでしょうね」

 

「もちろんだとも。わたしを姉と一緒にするのはやめてもらおう。我が愛の容体が回復し次第、そちらに帰すつもりだとも」


「我が愛? ずいぶんと気持ちの悪いお方でありますね……」


 ソラナがシュレーアに耳打ちした。彼女はその通りだと言わんばかりの表情で頷いたが、幸いその内緒話はヴァレンティナには聞こえなかったようだ。


「潔白の証明として、彼への見舞いも許可しよう。我々は淑女として恥ずべき行為など一切してないのだから、彼が何を話そうがまったく問題ないからね。質問の類も一切制限しないとも」


 押し倒して額にキスをするのは、淑女として恥ずべき行為に入るだろうか? ポーカーフェイスのまま、ノラは内心そんなことを考えた。何はともあれ、あとで輝星を口止めしておく必要がある。余計なことを話されて藪蛇になっても困るからだ。


「そこまで言うならば、信じましょう」


 そこまで言って、シュレーアは時計を一瞥した。すでに夜中といって差し支えのない時間だ。夜襲を仕掛けるべくヴァレンティナの部隊に接近したのがきっかけでこの会談が実現したわけだから、遅くなってしまったのは仕方がない。できれば今すぐ輝星の顔を見たいところだが、流石にこの時間に押し掛けるのは彼も迷惑だろう。


「……しかし、今日はもう遅いですね。明日の朝、そちらの艦にお邪魔させていただきましょう」


 結局、そういう事になった。

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