第百二十五話 呉越同舟(1)

「白旗を上げた帝国機が飛んできたァ!?」


 今まさに愛機へ搭乗しようとしていたシュレーアは、耳を疑う報告に目を剥いた。


「まさか降伏する気であるハズがなし。いったいどういうつもりで……」


「こっちの停戦破りを咎めに来たんじゃないっすかね? あたしらがこんな戦闘態勢バリバリで接近したから」


 ひどく疲れたような表情で、サキが言う。輝星を奪われて、すでにかなりの時間が経過している。二人とも、心配と自責からまともに寝られない日々を送っていた。さっさと輝星を助け出すべく、部隊を再編して(停戦を無視した)攻撃を仕掛けようとしていたのだが……。


「はっ、停戦なんて向こうが一方的に言い出しただけじゃあないですか。律義に守ってやる必要性など、さらさら感じませんがね」


 いつになくやさぐれた口調でシュレーアが吐き捨てた。サキとともに旗艦"レイディアント"に帰還してから、彼女はずっとこの調子だった。寝ても覚めても戦闘モードのままだ。自分のモノにすると決めた男が、自分のしくじりのせいで変態女の毒牙にかかっているのだから、それも仕方のない事だろう。


「……で、どうするんです。まさか撃ち落とすわけにもいかんでしょう」


「白旗ってアレですよね? 地上から一人残らず殲滅するって意思表示。撃ち落としたってかまわないんじゃないですか?」


「そりゃあたしらじゃない種族の流儀ですよ。ヴルド人同士なら戦闘の意志がないって表明に決まってんでしょうが」


 対するサキも口調がとげとげしい。その理由もまた、シュレーアと同じものだった。


「ちっ……仕方ないですね。とりあえず、着艦デッキに誘導しなさい。煮るか焼くかは話を聞いた後に判断します」


 結局、そういうことになった。シュレーアはサキを伴い、自分も着艦デッキへと移動する。十分ほどすると、デッキにはストライカーサイズの白旗を掲げた"ジェッタ"が三機入ってくる。どうやら、武装はすべて降ろしているようだ。

 誘導員に従い、"ジェッタ"はデッキの端へと移動する。そのまま降機姿勢に移ると、コックピットハッチが開く。その中から出てきた人物を見て、シュレーアは眉を跳ね上げた。


「変態ストーカー女……!」


 "ミストルティン"のブラスターカノンで吹き飛ばしたばかりのヴァレンティナが、思った以上にピンピンした様子で現れたものだから、シュレーアは思わず歯噛みした。無論コックピットは避けたので、死んだとは思っていなかったが……しかし、ケガ一つしていないというのは、悪運が強いとしか言いようがない。


「やあ、久しぶりだね。ヒモ女……と、サムライくんか。先日は随分と世話になったね」


 軽薄な笑みとともにシュレーアたちに歩み寄ったヴァレンティナが、なれなれしい口調で言った。その後ろには、ノラとテルシスが続いていた。彼女らの周囲には、武装した憲兵たちが緊張した面持ちで十を構えている。ヴァレンティナらが怪しげな行動をすれば、すぐさま発砲できる姿勢だ。


「どういうつもりです? 白旗を上げてわざわざこちらのフネに乗り込んでくるなど……」


「わが愛を……北斗輝星を保護した。それを君たちに教えてあげようと思ってね」


「保護ぉ!?」


 何とも言えない渋い表情でシュレーアが唸った。彼を連れて行ったのは、お前たち帝国ではないかと言わんばかりの顔だ。


「姉上と袂を別ったのさ。卑劣な手段で彼を我が物にし、その薄汚い欲望をぶつける……まったく、おぞましい限りだ。付き合っていられないよ」


「……」


 ヴァレンティナの言葉に、シュレーアは腕を組んで口をへの字にした。彼女の言葉が本当なのか、判断しかねたからだ。確かにヴァレンティナはディアローズとは別の思惑で動いているフシがあるが、だからと言って彼女の言葉を全面的に信用するというのは無理な話だ。


「では……輝星さんは無事なんですね」


「安全な場所にかくまってはいる……だが」


「だ、だが?」


 不穏な言い方に、思わずシュレーアはヴァレンティナに詰め寄った。


「最悪の事態はなんとか避けられたが……現在進行形で入院状態だ。わたしが遅れたばかりに……くっ」


 後ろに控えていたノラが、えっという顔で口を開きかけた。確かに輝星は寝込んでいるが、ただの風邪だ。明らかにディアローズに余計な罪を押し付け、皇国側を煽ろうとしている。しかしノラが余計なことを言うより早く、サキの手がヴァレンティナの襟をつかんだ。


「おい、どういう事だ! アイツは無事なんだろうな!」


「ちょ、ちょっと! 待ちたまえ!」


 泡を食ったヴァレンティナがテルシスに視線で助けを求めたが、彼女はへらへらと笑いながらそっぽを向いた。自業自得である。


「だ、大丈夫だ! わたしの艦でしっかり保護している! 命に別状はないし、後遺症などもない!」


「うるせー! 傷ってのは身体にだけ付くものじゃねえんだぞこの野郎!」


 自分よりかなり身長の高いヴァレンティナを馬鹿力でも持ち上げ、ガクガクと乱暴に揺すった。彼女は顔を真っ青にして弁明する。


「すまない! 少し話を盛った! 過労で風邪を引いただけだ! それまではピンピンしていた!」


「紛らわしいこと言うんじゃねえよ!」


 サキはぞんざいな手つきでヴァレンティナを突き飛ばす。さらに、その膝を無言でキレたシュレーアが蹴っ飛ばした。


「ウワーッ!」


 涙を浮かべつつ膝を押さえてぴょんぴょんとジャンプする上官の姿に、ノラとテルシスは顔を見合わせて大笑いした。当然だが、シュレーアとサキの暴力を咎める気など二人にはさらさら無い。むしろいい気味というものだ。

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