第百二十四話 病床にて

「過労と風邪でしょう。命に別状はありませんので、ご安心ください」


 年老いた軍医が、腕組みしながら言った。その隣にあるベッドでは、真っ赤な顔をした輝星が寝息を立てていた。


「無理をしすぎたか……やむを得まい。ほんの数日前までわが軍を相手に大立ち回りし、挙句に姉上の乱行だ。身体を壊すなという方が無理がある……」


 短くため息を吐き、ヴァレンティナが輝星の横たわったベッドに腰掛けた。そして優しい手つきで彼の頭を撫でる。その腕を、あからさまに不機嫌な表情のノラが掴んだ。両者はしばしにらみ合ったが、文句が飛ぶ前にテルシスが咳払いする。


「やめたまえ、君たち。病人の前で争うなど、騎士の行いではないぞ」


「失礼」


 表情を繕い、ヴァレンティナが手を引っ込める。ノラはぶぜんとした顔のまま、ベッドの彼女とは反対側に座った。ちょうど背中合わせの状態だ。


「とりあえず、我が愛は大丈夫ということで間違いないんだね」


 ヴァレンティナは軍医に念押しして聞いた。突然高熱を出したと聞いたので、随分と気をもんでいたのだ。ディアローズから受けた暴行は大したものではないが、それでも貧弱な地球人テランのことなので心配になるなという方が無理な話だ。


「ええ、もちろんです。この"プロシア"は皇族の乗艦として設計されていますから、医療設備も専門の病院船並みのものを揃えています。怪我や病気を見逃すということは、あり得ませんよ」


「ふむ……」


 自らの顎を擦りながら、ヴァレンティナは唸る。


「後で検査データを寄越してほしい。一応、しっかりした本格的な検査はしているんだろう?」


「え? ええ、まあ……」


 輝星がヴァレンティナのお気に入りであることは知っているから、確かに不必要なほどの厳重な検査は行った。万一の診断ミスがあってはいけないからだ。現在の技術であれば、患者に負担をかけずに全身くまなく検査することも容易だ。

 とはいえ、そのデータをヴァレンティナが欲しがるというのは解せない。好きな男のデータを見て興奮する稀有なタイプの変態なのではないかと疑いつつも、結局上官に抗弁することのできない軍医は仕方なく頷いた。


「わかりました。後ほど纏めておきます」


「ああ、助かる」


 静かに頷くヴァレンティナ。そんな彼女に、テルシスは肩をすくめて見せた。


「しかし参ったな、ヴァレンティナ殿。連中……ディアローズ派との戦いは避けられん。せっかくくつわを並べて戦えると思ったのだが」


「反乱に参加したのは本体のせいぜい半分と少し。まともに当たれば、まあ大きな被害は避けられないデスね」


 同調したのはノラだ。四天でこの反乱に参加したのは彼女とテルシスのみ。向こうにリレンとエレノール、そしてヴディアローズが居る以上、人材の質のアドバンテージもない。むしろ四天とヴァレンティナは乗機を失っているのにディアローズの"ゼンティス"は健在なのだから、向こうの方が有利だとすらいえる。


「それについては、考えがある。わたしは最初から、我が愛の戦闘力を頼りにして作戦を立てようと考えていなかったからね」


「ほう」


 感心したようにテルシスが軽く笑う。しかし、それはヴァレンティナからすれば当然のことだ。以前シュレーアを男の背中に隠れる情けない女だとなじった彼女が、それと全く同じことを自分もやるわけにはいかないからだ。


「我が愛の身柄は皇国にいったん返す。『不埒なディアローズから君たちの代わりに救い出した』と言ってね……。そうすれば、彼女らも我々を攻撃するわけにはいかなくなる」


「ハ、敵に迎合するわけデスか。いよいよ反乱軍らしいデスね」


「そもそもわたしに、皇国と戦うメリットは全くないからね。三つ巴など最初からするつもりはないんだよ。姉上……ディアローズという共通の敵がいるのだから、協力するのは当然の流れだとは思わないかい?」


「道理ではある。しかし、率直に言えば……この姉あってこの妹あり、という感想になるな」


 不満げなテルシスが鼻を鳴らしたが、さりとて彼女にもそれ以上のアイデアはない。事を起こした以上、負けるわけにはいかないのだ。敵と手を組むのも致し方のないことだというのは、テルシスも理解していた。


「ま、ワタシはなんでもいいデスよ。敵とか味方とか、どうでもいいデスし」


 そう言ってノラは、腰をかけたまま足をプラプラと振った。そして身をよじって輝星の顔をちらりと見ると、小さなため息を吐いて汗をハンカチで拭ってやる。


「とにかく、さっさと終わらせるのが先決デス。苦戦でもしようものなら、病気だろうがお構いなくこの男が出撃してきそうデスし」


 わずか二機で輝星たちが帝国の本陣に殴り込みをかけてきた事件は記憶に新しい。この男が必要とあらばどんな無茶だろうが実行してしまう類の人間であることは、ノラもはっきり理解していた。


「確かにそれはあるね……まったく困ったものだ」


 思わず苦笑するヴァレンティナだったが、突然鳴り響き始めた警告音に表情を引き締める。


『皇国軍と思わしき艦影を確認。総員戦闘配置に着け』


「噂をすれば影、か。話が早くて助かる」

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