第百二十二話 救出した相手の身柄をご褒美に使うな
キメ顔でそんなことを宣言するヴァレンティナ。が、しかし……兵士たちの反応は鈍かった。一部の貴族たちは同調の声を上げたものの、それ以外は困惑したままだ。
確かにディアローズのやったことは犯罪だろうが、戦場のことである。男の捕虜を捕まえてあわよくば……などというタチの悪いことを考えている輩も、残念ながら多少は居る。そんな連中からすれば、ディアローズは羨ましくとも嫌悪するほどの悪党ではなかったのだ。
「うん、いや……これはちょっと……」
思った以上の反応の悪さに、ヴァレンティナは冷や汗を垂らした。無論彼女とて帝国艦隊の全軍が自分に下るとは考えていなかったが、流石にこれは予想外である。
「ふむ、ではこうしよう」
そこで助け舟を出したのが、テルシスだった。帝国軍からの攻撃が止まっているのを良いことに、彼女は剣を収めて指をヴァレンティナの"ジェッタ"に向ける。
「我々に手を貸し、もっとも戦果を挙げた者には輝星殿からご褒美を出してもらおう。何か一つ、言うことを聞いてもらえるとか」
「は?」
その言葉に、ヴァレンティナの告発以上の動揺が帝国部隊に広がっていった。何しろ、動画のせいで輝星の容姿はこの場にいる全員に知れ渡っている。男日照りの一般軍人に、輝星ほどの美少年ははっきり言って毒だ。
「もちろん、出来る範囲でだ。貞操など要求すれば、ディアローズ殿下と同じ畜生に墜ちることになるからな……」
「じゃ、じゃあ膝枕で耳かきとかはオッケーですか!?」
一般兵の一人が、おずおずといった様子で聞いた。何とも言えない表情をしたヴァレンティナが、すがるような目つきで輝星を見る。
「う、ま、まあそれくらいなら……」
もちろん見ず知らずの相手にそのようなことをするのは勘弁願いたいが、あまりぜいたくを言える状況でもない。ヴァレンティナのクーデターに加担するのはシャクだが、味方は多い方が有利なのは事実だ。
「なら添い寝して頭ナデナデは!?」
「一日デート権は!?」
輝星の返答に調子づいた一般兵たちが次々と質問してきたが、テルシスが釘を刺したおかげでなんとか我慢できる程度の案ばかりだった。輝星は不承不承といった様子で頷く。
「ひ、一人だけならね。何人もってのは、難しいから……」
その返答に、帝国軍はしばし黙り込んだ。沈黙が数分続いた後、突如として轟音が戦場に響き渡る。驚いた輝星が音の出所に目を向けると、一隻の戦艦が主砲からもうもうと砲煙をあげていた。そしてそのすぐ近くに停泊していた"オーデルバンセン"の舷側には大きな弾痕がついている。
「ん? あの戦艦……」
いきなり味方に主砲をぶっぱなしたその艦を見て、輝星が唸る。推進ブロックの一部が損壊したその艦に見覚えがあったからだ。だが、その戦艦のことを思い出すより早く、帝国兵たちの歓声じみた声が彼の思考を遮った。
「ディアローズは貴族の屑よ! 断じて許すわけにはいかないわ!」
「悪党の元で戦うなど、先祖に申し訳が立たない! 私はヴァレンティナ殿下につくぞ!」
言い訳じみたきれいごとを叫びつつ、"オーデルバンセン"に攻撃を仕掛け始める帝国兵たち。ストライカーだけではない。周囲の艦艇も砲門を総旗艦に向け始めた。
これに慌てたのは"オーデルバンセン"だ。いかに常識外れの重装甲艦とはいえ、四方八方から滅多打ちにされればただでは済まない。即座に艦を浮上させ、エンジンを全開にして逃走し始める。ヴァレンティナに降らなかった艦や部隊が動揺した様子でそれに追従する。
「ははは、いい気味だ!」
心底愉快そうにヴァレンティナが笑い、輝星を抱きしめた。喜びのあまり手加減を忘れたのか、身体を締め付けられた輝星は「ぐぇっ」と潰れたカエルのような声を上げる。
「……警告はしたはずだが」
スラスターを吹かして輝星たちに急接近したテルシス機が、三眼カメラをギラリと輝かせながらそっと剣の柄に手を伸ばした。気づけば、周囲の帝国機も殺気立った様子で武器をヴァレンティナ機に向けている。
「ひっ……」
思わず息を漏らしたヴァレンティナは、冷や汗をかきながら弁明した。
「い、いや、失礼。淑女にあるまじき行動だった。許してほしい」
「き、気を付けてくださいよ」
輝星の言葉に、テルシスは剣から手を離す。
「次はないぞ」
「は、はい……おかしいなあ、この反乱の首謀者、わたしなんだけどなあ……」
部下たちの態度に、思わず疑問の声を漏らしてしまうヴァレンティナ。
「ところで、殿下。あいつら逃げていきましたけど……どうします?」
そこで、兵の一人が物怖じしない口調で聞いた。確かに今追撃すれば、もしかしたら"オーデルバンセン"の撃沈まで持っていけるかもしれない。トップであるディアローズが気絶している以上、まともな指揮統制が取れないからだ。通常ならば副官や参謀が指揮を執ればいいだけなのだが、ワンマン体制のディアローズ麾下の部隊はそうはいかない。
「いや、追撃はしない」
しかしヴァレンティナは首を左右に振り。血気に盛んな一般兵が不満の声を上げたが、それでも彼女は追撃許可を出すわけにはいかなかった。
「
敵も味方も帝国軍なのだから、ぱっと見では誰が味方なのかさっぱりわからない。そんな状況で戦っても、被害ばかりむやみに増えるだけだろう。向こう側がまともな反撃もせずにさっさと撤退したのも同士討ちを恐れてのことだ。
「というわけで、わたしたちも態勢を立て直そう。我が愛を膝に乗せたままでは、わたしも本気で戦えないからね」
ニヤリと笑って、ヴァレンティナは機体の進路をある一隻の戦艦の方に向けた。細長い独特の艦形をもったそのフネの名前は、高速戦艦"プロシア"。ヴァレンティナの座乗艦である
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