第百二十一話 人の救出をダシにクーデターを起こすな
手はず通り、三人はストライカーを奪取して艦の外へ脱出した。しかし、いくら総指揮官が気絶しているとはいえ、これをみすみす逃がすほど帝国軍も甘くない。即座に迎撃部隊が出撃し、輝星たちを追う。
「うわ、いっぱい来た」
ヴァレンティナの膝にちょこんと座った輝星が、顔を引きつらせる。本当なら彼自身が機体を操縦したいところだったのだが、ヴァレンティナによって止められてしまった。あんなことがあった直後なのだから、休んでいて欲しいというのが彼女の主張だった。
「しかしここ……完全に海の上だな。俺が捕まったあの山脈から、かなり離れてるのか……?」
小さくつぶやく彼の目線の先には、真っ青な大海原に浮かぶ無数の帝国艦艇があった。どうやら帝国艦隊は外洋で停泊している最中だったようで、周囲にはまったく陸地が見えない。
それはつまり、隠れられそうな地形が一切ないということだ。、艦の発着デッキから
「これ大丈夫? そのまま墜とされない?」
無論ヴァレンティナたちの腕前を疑っているわけではないが、明らかに自分が戦った方が早そうだ。何しろ彼女らが乗っているのは普段の愛機ではなく、一般量産機の"ジェッタ"なのだ。大軍を相手にこの機体ではさすがにかなり心許ない。少し唸ってから操縦桿に手を伸ばした輝星だが、そんな彼をヴァレンティナは優しい手つきで止めた。
「大丈夫、わたしを信頼してほしい」
「そ、そう?」
「ああ、もちろんだとも」
そう言ってから、ヴァレンティナは輝星の耳にそっと息を吹きかけた。解毒剤を投与されているとはいえまだ媚薬の影響から抜けきっていない輝星は、思わずかわいらしい悲鳴を上げてしまった。
「……ヴァレンティナ殿。あまり不埒な行為をするようであれば、貴殿も敵とみなすが?」
無線から、底冷えするようなテルシスの声が聞こえてきた。その殺気の籠りように、ヴァレンティナは口笛を吹く。
「いや、申し訳ない。気を付けよう」
ニヤリと笑って、彼女はぐっと操縦桿を引いた。こちらに向かって放たれたビームを回避したのだ。加速Gによって輝星の身体がヴァレンティナのスレンダーでありながら出るべきところは出ている肉体に押し付けられる。輝星としては居心地が悪いことこの上なかった。
「う、うへえ……三回目とはいえこれは……」
「三回目? ……ああ、あのヒモ女か。そういえば同じコックピットに乗っていたね。はは、これでわたしが一歩リードか」
「下らないことで張り合うね」
「ふふ、まあそう言わないでくれ」
苦笑しつつも、ヴァレンティナは追いすがる帝国軍をライフルでうまくけん制しつつ逃走を続けていく。周囲の軍艦も対空砲火を上げているものの、同士討ちをおそれて牽制程度だ。そして追跡の機体は、テルシスの振るう剣によって次々と墜とされていく。相手が悪かっただけで、テルシスも最強クラスのパイロットであることには間違いないのだ。
「流石、やるね」
感心する輝星。そこへ、一機の"ウィル"が急接近してきた。重装甲大火力が身の上の機体だろうに、持っている武器は大型の拳銃……ブラスターマグナムのみという不可思議な装備の機体だ。
「おっと、あれは……」
乗っているのは間違いなく、四天の一人であるノラだろう。彼女が自分に敵意をむき出しにしていたことを思い出し、輝星は身構えた。
「聞こえますか? 陸戦隊が例の電子巡洋艦を制圧したそうデス」
が、聞こえてきた無線は完全に友好的なものだった。どうやら、ノラもこの脱出行に一枚かんでいるようだ。
「ああ、やっとか。これで攻勢に出られる」
悪そうな笑みを浮かべるヴァレンティナだったが、それを無視するようにノラは言葉をつづけた。
「で……対象は無事なんデスよね?」
「ピンピンしてるよ、ありがとう。まさか君に助けてもらえるとは思わなかったよ」
因縁がある相手とは輝星も理解している。 苦笑しながら、彼は感謝を伝えた。
「オマエがあの女に壊されでもしたら、決着がつけられないデスからね……勝ち逃げなんて、許せるはずがないデスよね?」
「なるほど」
思っていた以上に真っすぐな答えに、輝星は機嫌よさげにカラカラと笑う。こういった手合いは彼の大好物だ。
「それはそうと、我が愛。すこし静かにしてもらって構わないかな? これから、向こうの帝国軍全体に呼びかけを行うからね」
「全体に? ああ、電子巡洋艦を奪ったとか言ってたね。通信ジャックをするつもりだったのか」
「そういうこと」
ヴァレンティナは頷き、輝星の頭を撫でた。そしてコンソールのタッチパネルを叩き、機体のシステムを電子巡洋艦とリンクさせる。
「よし、これでいい」
最後にパネルにいくつかのコードを打ち込むと、機体のAIが『接続完了』と無機質な声で報告した。
「聞こえるか、わが軍の兵士たちよ。わたしはヴァレンティナ・トゥス・アーガレイン。まずは、このような騒動を起こしてしまったことを詫びたい」
演説でもするような朗々とした声で、ヴァレンティナは語り始めた。何をするつもりかは知らないが、まあ任せておこうと輝星は黙り込む。
「しかし、これには重大なワケがある。我が姉ディアローズの罪を告発するため、致し方なくこのような手段を取ったのだ」
突然のことに、帝国のストライカー部隊の動きが固まった。脱走兵かと思って追っていた相手が、まさかの皇族だったからだ。状況が状況だけに、向こう側も情報が錯綜しているのだろう。末端の兵士たちは何も聞かされずにおっとり刀で出撃してきたに違いない。
「おぞましいことに、我が姉は捕虜に性的暴行を加えようとしたのだ……! すんでのところでわたしが救出したが、これは明白な犯罪行為である!」
堂々とした断言に、帝国兵たちの間に動揺が広がる。もっとも、すでにディアローズの評判は地に落ちてしまっている。大半は「ああ、やっぱりやらかしたか……」という反応だった。
「いや、それどころか我が姉は、一人の少年を得るために軍を私的に利用すらしたのだ。見よ!」
そう言って彼女は、ある動画データを軍のデータリンクシステムを介して各機に送り付けた。ただ演説したいだけならば、共通回線をつかえばいいだけだ。これがやりたいがために、ヴァレンティナは電子巡洋艦を奪うような真似をしたのである。
「こ、これは……」
「これが次期皇帝のすることなの……?」
「うわ、すっごい美少年。これは卑怯な手を使ってでも奪おうとするのも仕方がないわね……」
困惑の声を上げる一般兵たち。ヴァレンティナが送り付けた動画は、人質を取ったディアローズが輝星を自機に連れ込んだ時のモノだった。どうやら、"ゼンティス"には隠しカメラが仕掛けられていたらしい。思わず輝星は引きつった表情になる。いったい、いつからこんな準備をしていたというのか。
「こんな破廉恥な輩に、栄えある帝国軍を指揮する資格があるだろうか? いいや、ない! だからこそ、わたしは立ったのだ! ディアローズを将と認めぬ者たちよ、わたしの元へ集え!」
(こ、こいつ、人の救出をダシにしてクーデターを……!?)
あまりのことに、さしもの輝星も絶句した。
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