第百十六話 虜囚のエース

「参ったなあ……」


 天蓋付きのベッドでごろごろと転げまわりながら、輝星は唸った。最高級品らしい寝具の肌触りは素晴らしいが、状況が状況だけに全く楽しめない。なんといっても虜囚の身だ。

 ディアローズに捕獲されて、すでに丸一日以上の時間が経過していた。帝国総旗艦"オーデルバンセン"に連れ込まれた輝星は、やたらと豪勢な部屋に軟禁されていた。


「どうしたもんかなあ……」


 当然だが出入り口は施錠されており、脱出は不可能だ。輝星はため息を吐き、部屋に備え付けの冷蔵庫を開けた。中にはケーキやら饅頭やらのお菓子が大量に詰め込まれている。その中からイチゴ大福を見つけ出し、何とも言えない表情で引っ張り出した。


「思った以上に快適なのは、まあ有難いけど」


 イチゴ大福を頬張り、その味を楽しんでから輝星はそうつぶやく。室内には食料はもちろん、本をはじめとした暇つぶし用の道具まで用意されていた。捕虜の扱いとしては、あり得ないレベルの手厚さだ。まるで王侯貴族のような扱いだ。

 とはいえ、彼の気分はあまり優れない。なにしろ、今の彼の服装はヴルド人男性用の露出の多い民族衣装だ。どういうつもりでディアローズがこのような服を着せたのかは、簡単に予想が出来る。


「俺もとうとう脱童貞か。勘弁してくれ」


 輝星にももちろん性欲はあるし、女性が嫌いなわけではない。が、なにしろヴルド人の体力と筋力はゴリラ並みなのだ。それが無理やり迫ってくるのだから、いくら見た目が美しくとも恐怖を感じるなというのが無理な話だ。


「はあ……」


 深くため息を吐く輝星。鬱屈した気分のまま、ベッドに再び身を投げ出した。枕に顔を埋め、息を吸う。


「バラの香り……香水か?」


 身を起こして、ぼそりと呟く。寝具自体はとても良いものなのだが、明らかに使用感がある。もちろんベッドメイクは完璧だしシーツなども交換されているのだが、輝星が来る直前まで誰かが使っていたようなこなれた雰囲気と微かな他人の香りがするのだ。


「誰の部屋なんだよ、ここ……」


 捕虜用の部屋でもなければ客室でもないのは明らかだ。ベッドだけではなく、家具や小物にも日常的に使われている痕跡がある。妙な寒気を感じ、輝星はまたため息を吐いた。


「おい、入るぞ」


 そこで突然、部屋のドアが開いた。入ってきたのはディアローズだ。びくりと身を固くする輝星を無視して、彼女は後ろ手で扉のロックをかけた。


「食事だ」


 そう言ってディアローズは、持ってきた寿司桶をテーブルに置いた。その桶の中には、明らかにオーガニックものとわかる握りずしがたっぷりと入っている。


「……まさか御大将自ら給仕されるとは。驚きましたよ」


「ふん……そこらの兵にまかせて、貴様をさらわれてもこまるからな」


 俺を攫ったのはアンタだろうと、思わず輝星は突っ込みかけた。しかし彼女の機嫌を害すのもあまりよろしくない。寸でのところで言葉を止めた。


「そんな誰も彼もにさらわれそうに見えますか、俺って」


「はっ」


 鼻で笑ったディアローズは、輝星の前へと歩み寄った。そして優しく輝星の頬を撫で、そのまま顎を軽く持ち上げる。


「鏡を見たことがないのか、貴様は。どんな危険を冒してでも、貴様を手に入れようと思う輩などそこら中に居るだろう」


「随分と買ってもらってるようで、まったく嬉しい限りですね」


「まあ、そんなことはどうでも良い。もう貴様は、このわらわから逃れられぬのだからな。くくく……」


 にやにやと粘着質な笑みを浮かべながら、ディアローズは輝星の頬を馴れ馴れしく両手で包んだ。そして痛くない程度にぐにぐにと揉む。


「空腹で倒れられても困るからな。とにかく、食事はとれ。これは貴様の主たるわらわからの命令だ」


「主ねえ。……わかりましたよ」


 拒否権がないのは事実だ。輝星は備え付けのシャワールームに向かい、洗面台で手を洗った。その後ろを、ディアローズはストーカーめいて付いていく。彼が部屋に戻り席に着くと、ディアローズも続いて対面に座った。


「……えーと、たぶん食べきれないので、食べるの手伝ってもらえます?」


「ふん、小食なのだな。しかたあるまい」


 嬉しそうに頷くディアローズに、輝星は何とも言えないような表情を浮かべた。だが何も言わず、寿司を食べ始める。予想通りネタはすべてオーガニックらしく、普段食べている合成モノとは比較にならないほど美味しかった。とはいえ、味を楽しめるほどの心理的な余裕は輝星にはないのだが。


「どうだ、味は。気に入ったか?」


「ええ、まあ」


「それは良かった。くくく……」


 何が楽しいのか、輝星の食事姿を眺めるディアローズはびっくりするほど幸せそうだった。表情だけではなく、全身で喜びを表現している。今にも鼻歌でも歌い始めそうな様子だ。いくら何でもテンションがおかしいのではないかと困惑しつつも、輝星はゆっくりと寿司を食べ進んでいく。

 

「……」


 そしてディアローズはといえば、輝星の倍以上の速度で寿司をどんどんと食べていた。だが、その目はじっと輝星の方を見つめたままだ。輝星としては、居心地の悪いことこの上ない。


「……美味しいですか?」


「うむ。普段と同じものなのに、不思議と美味に感じるな。うむ、うむ。貴様のおかげかもしれぬな」


「はあ、左様で」


 変な人だなあと、輝星は内心呆れた。

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