第百十五話 人質交換
「な、な、なんてことを言うのです! あなたは!」
地面に転がったまま、シュレーアが叫ぶ。人質戦法など、貴族のとっていい手段ではない。常識外れもいい所だ。
「殺すならばさっさと殺しなさい!」
生き恥を晒すよりは、そちらの方がよほどましだ。怒りと情けなさで涙を浮かべたシュレーアは、咆哮じみた声で叫ぶ。だが、これに慌てたのが輝星だ。
「や、やめろ! 馬鹿を言うな! 殺せなんて言うんじゃない!!」
「で、でも……」
「でもがあるか! 命は一個しかないんだぞ!!」
叩きつけるような口調の輝星に、シュレーアは口をつぐんだ。見たこともないような剣幕に、さしもの彼女も怯んだのだ。
「機体から降りれば、助けるってのは本当なんですか?」
「……えっ!?」
何故かとろけたような顔でヨダレを垂らしていたディアローズは、輝星の声にびくりと肩を震わせた。
「あ、ああ。確かに助けるとも。北斗輝星を失った皇国軍など、もはや敵ではない。木っ端皇女の一人や二人、生きて帰しても何の問題にもならぬからな」
むしろ生きたまま軍に戻ってもらった方が、ディアローズとしてはありがたいくらいだ。輝星が居ないならば、正面から皇国軍を打ち破ることが出来る。今度は正々堂々シュレーアを討ち取り、失った名誉を少しでも取り戻さねばならない。
「……わかった」
「輝星さん!」
泣きそうな声でシュレーアが叫んだ。ディアローズは熱い息を何度も吐き出し、引きつったような笑みを浮かべて言った。
「よし、ゆっくりとこちらに歩いてくるのだ。妙なことはするなよ。怪しい動きをすれば、即座にコックピットを刺し貫くぞ」
「……はいはい」
もはや、従う以外に輝星に選択肢は残っていない。両手を真上に上げたまま、"ゼンティス"に近づいていく。
「そうだ、それでいい! こちらのコックピットに飛び移ってこい!」
輝星は"ゼンティス"の前まで来ると、彼女に言われるがままコックピットハッチを解放した。震える手で、ディアローズが自らもコックピットの解放スイッチを押す。
「ふ、ふふふ……やっと顔を合わせられたな、北斗輝星! う、噂通り、なかなか美しいではないか。くくく……」
「このド変態! 卑劣女! 死んでしまえーっ!」
聞くに堪えない罵声をシュレーアが飛ばしたが、ディアローズの耳には入っていないようだ。興奮に蕩けた目で輝星の全身を舐めるように見回す。
「お、おっと、物騒なものを持っているな? ホルスターは捨てろ」
「……これ、銃じゃないんだけどなあ」
ひどく不本意そうな表情で呟く輝星だったが、言い訳しても仕方がない。飴玉の入ったホルスターを腿から外し、機外へ捨てた。
「よーしよしよし、よし! 飛び移ってこい!」
「あーもう……」
ため息を吐き、輝星は"ゼンティス"のコックピットへ移った。ディアローズは気持ちの悪い笑顔を浮かべ、棒立ちになった"カリバーン・リヴァイブ"を蹴り飛ばした。十二メートルの巨体が地面に転がり、地響きを立てる。
「うわっ!?」
バランスを崩してコックピット内に転がり込んできた輝星の体を、ディアローズが受け止めた。そして右手を操縦桿に乗せたまま、左手で彼を力強く抱きしめる。そのままコックピッチハッチを閉鎖すると、"ゼンティス"を数歩後退させた。
「よし、立っていいぞ……女。北斗輝星の身柄はこちらでもらっておく」
「くうっ……」
歯が砕けそうなほどの力で食いしばりながら、シュレーアはネットからもぞもぞと抜け出し機体を立ち上がらせた。今すぐブラスターカノンをぶち込んでやりたいところだが、相手のコックピットに輝星が居る以上下手なことはできない。
「一週間の休戦期間をやろう。せいぜい、その間に軍を立て直しておくがいい」
とはいえ、一日や二日で方がつくはずもない。一刻も早く
「では、さっさと戻れ。約束通り、生きて帰してやろう。くくく……」
「……次に会った時は、覚えておきなさい」
ギリギリと歯を鳴らし、額に青筋を浮かべたシュレーアは、なんとかそう言葉を絞り出した。そして無言でスラスターを吹かし、遠くに転がっているサキの"ダインスレイフ"に近寄るとその腕をつかんだ。
「輝星さん、本当に申し訳ありません。必ず、助けに来ますから」
それだけ言って、シュレーアは返答も聞かずに飛び去って行った。その背中を見送ったディアローズは操縦桿から手を放し、両手でぎゅっと輝星を抱きしめた。
「やっと……やっと手に入れた! 貴様はもう、
熱い吐息を耳に吹きかけられ、輝星の背筋に冷たいものが走った。
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