第百十四話 凶星VS四天(5)

 息もつかせぬ連撃が、輝星を襲う。風切り音を立てながら迫る剣を、輝星は銃剣でしのぎ続けていた。


「むう……」


 しかし彼の劣勢は明らかだ。パワーもスピードも、"ヴァーンウルフ"の方が圧倒的に勝っている。攻撃を一度防ぐたび、"カリバーン・リヴァイブ"は一歩後退した。推進剤もすでに残っておらず、スラスターを吹かして一時離脱することもできない。


「機体が同格なら、すでに拙者は墜とされていただろうな。まったく、これほどの強者が居たとは……心が躍る!」


 味方二人がすでに撃破されているというのに、テルシスは怯みもせずに戦い続けている。いや、墜とされた三人(とヴァレンティナ)のことなど、もはや頭の中に残っていない様子だ。


「だからこそ惜しい。……あまりにも惜しい! なぜこのような一方的な状況で戦わねばらなぬのか! ああ、出来うることならば、場を改めて再び立ち会いたいくらいだ!」


「馬鹿なことを言うな! せっかくここまで追い詰めたのだぞ!」


 ディアローズが思わず突っ込んだ。四天のうち三人が撃墜され、それに加えて腐っても帝姫であるヴァレンティナまでも墜とされているのである。これで痛み分けなどという結果に終われば、ディアローズの名声は再起不能なレベルにまで堕ちるだろう。もう手遅れかもしれないが。


「馬鹿を言っていないで、さっさと墜とせーッ!」


 マシンガンの弾幕を回避しながら、ディアローズは強く命じる。輝星たちと同じように、シュレーアと彼女の戦いも膠着していた。機体の性能差は歴然なのだが、異様に気合の入ったシュレーアは見事な粘りを見せている。


「……致し方なし!」


 剣をさっと構え、テルシスが呟いた。輝星がそれを凝視しながら、銃剣の剣先を円を描くようにゆっくりと振る。次の瞬間、稲妻のような踏み込みとともに強烈な刺突が"カリバーン・リヴァイブ"に襲い掛かった。輝星はこれを銃剣の鍔で受け止め、その軌道を反らす。


「うっ!?」


 だが、ここで銃剣の接続部がとうとう限界を迎えた。甲高い音とともに外れた銃剣が吹っ飛んでいく。バランスを崩した"カリバーン・リヴァイブ"に、隼のような速度の二の太刀が向かっていく。もはや回避できるようなタイミングではない。輝星は反射的に、その刀身をライフルの機関部で受け止めた。


「……やるじゃないか!」


「まだまだァ!」


 バチバチとスパークを上げるライフルを見てニヤリと笑ったテルシスは、ぐっと力をいれて長剣を押し込んだ。刃がライフルにめり込み、そして完全に切断される。


「ぐっ……!」


 切断の寸前、なんとかライフルを放り出して輝星はその刃から逃れた。だが、無理な態勢で攻撃を受けたせいでバランスを崩し、たたらを踏む。無防備な"カリバーン・リヴァイブ"にとどめを刺そうと、テルシスが迫る。ほぼすべての武装を失った輝星に、これを防ぐ手立てはない。


「輝星さん! これを!」


 しかしその時、ディアローズと戦っていたシュレーアが肩のシールドからツヴァイハンダーを射出した。電磁抜刀装置を使ったのだ。弾丸のような速度で飛翔した両手剣を、輝星は何とかキャッチする。


「助かるっ!」


「なにっ!?」


 彼女の助力は、ギリギリ間に合った。テルシスの凶刃はその幅広の刀身にぶつかり、火花とともに金属同士がこすれ合う耳障りな音を立てた。テルシスがぐっと歯を食いしばり、さらに一歩前に出る。


「このぉッ!」


 激情のまま、長剣を袈裟懸けに振り下ろすテルシス。


「この俺が!」


 が、輝星はこれをツヴァイハンダーを巧みに操りたやすく防いだ。それとほぼ同時に足元の雪を蹴り飛ばし、"ヴァーンウルフ"のメインカメラに浴びせかけた。


「ンッ!?」


「いつまでも!」


 突如視界を奪われ、一瞬テルシスの動きが鈍った。輝星がニヤリと笑い、ツヴァイハンダーを振り上げる。


「押され続けるわけにはいかないんだよ!」


 大上段からの振り下ろしだ。しかしテルシスはいまだ視界は不明瞭ながら、これに何とか対応した。突き出されたシールドにより大剣は防がれ、盛大に火花を上げた。


「くぅっ!?」


 しかし、この防御も輝星にとっては予想のうちだ。彼女が反撃に転じるより早く、輝星は足払いを駆ける。予想外のこの攻撃に、さしものテルシスも対応しきれなかった。短く悲鳴を上げながら地面に転がる"ヴァーンウルフ"の左肩の付け根に、ツヴァイハンダーの切っ先が突き刺さった。


「流石だ……!」


 サブモニターに表示される『左腕使用不能』の文字を確認しつつ、テルシスは喜色のにじむ表情で操縦桿を大きく退いた。地面をゴロゴロと転がって輝星に二撃目を回避し、そのまま勢いで立ち上がる。


「だが! 私とて……」


「セイヤァァァァッ!!」


 だが、立ち上がってそうそうの"ヴァーンウルフ"の胸に、助走をつけて放った強烈な飛び蹴りがさく裂した。朱色の機体が吹っ飛ばされ、おもちゃのように宙を舞う。そしてそのまま岩場に衝突し、破滅的な音を立てながら地面に落ちた。


「これで最後だ!」


 熱核ジェットを吹かしつつ、輝星が疾走する。構えたツヴァイハンダーの切っ先は、まっすぐに"ヴァーンウルフ"の腹へ向けられていた。テルシスは何とかこれを避けようとしたが、激しくシェイクされ朦朧とした頭ではうまく操縦桿を操れない。結局、腹を剣で貫かれた"ヴァーンウルフ"はガクリと力尽きた。


「後は……一人!」


 若干難儀しながら剣を"ヴァーンウルフ"から抜き、シュレーアたちが戦っていた場所へ目を向ける輝星。だがその時、彼が目にした光景は衝撃的なものだった。ディアローズの"ゼンティス"の肩キャノンから放たれた電磁ネットが"ミストルティン"に絡みつき、激しくスパークを上げる。


「あ、あああああっ!!」


 無線から、シュレーアの苦悶の声が聞こえてきた。あわてて助けに入ろうとする輝星だが、もう遅い。地面に倒れ伏した"ミストルティン"のコックピットハッチに、ディアローズは迷いなく長剣を当てた。


「はぁ、はぁ、はぁ……な、なんとか間に合ったぞ。くくく……」


 コックピットの中で、ディアローズは喜悦の滲む表情を浮かべた。そして熱のこもった目を"カリバーン・リヴァイブ"へと向ける。


「礼を言うぞ、北斗輝星。お前のおかげで、この女を倒せた」


 輝星にツヴァイハンダーを届けるため、シュレーアは無理な動きをしてしまった。その隙を突き、ディアローズは猛攻を仕掛けたのだ。


「さあ、取引をしようではないか。今すぐに武器を捨てろ。従わない場合は、この女を殺す」


 心底嬉しそうな声で、ディアローズはそう言い切った。

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