第百十三話 凶星VS四天(4)

 真っ白い蒸気が霧のように山肌を覆い隠す中、ディアローズが悲鳴じみた声を上げた。


「ほ、本当にやってしまったのか!? な、なんてことだ……」


 この作戦を考えたのは自分であるにもかかわらず、まったく無責任な言いようだった。とはいえその言葉は本音らしく、彼女の目尻には涙まで浮かんでいる。だが、そんな彼女の心配は完全に杞憂だった。


「こちらリレン、機体が中破した……戦闘続行不能……」


「な、なんで!?」


 エレノールが困惑するのも仕方がないだろう。"カリバーン・リヴァイブ"の装備では、大気圏外の敵に対処することはできない。まして、アクティブステルスで隠ぺいされたリレンを、ほかの皇国部隊が攻撃したなどという冗談はないだろう。大気圏外からの狙撃は、ディアローズと四天以外数名しか知らない極秘作戦なのだ。


「リレンは雲の上ですわよ!? あんな機体の攻撃が届くはずが……」


 いったいどういう手品を用いてリレンに反撃したというのか、答えは簡単だ。狙撃を紙一重で回避し、そのビームと全く同じ弾道でブラスターライフルを発砲したのである。大出力ビームが通過した場所は、一瞬だけ真空になる。大気による減衰がなければ、なんとか低軌道程度の高度ならばビームが届くというわけだ。

 そして圧縮粒子を満載したブラスターキャノンの砲口にビームを打ち込まれれば、当然すさまじい誘爆が起こる。狙撃仕様の軽装甲機では、そのような大爆発に耐えられるはずもない。


「エレノール卿! 気を付けろ! ヤツはまだ……」


 テルシスが警告を飛ばすものの、時すでに遅し。蒸気の中、青い双眸がギラリと輝く。そして音もなく飛んできたフォトンセイバーが、"パーフィール"の連装ガトリングガンを破壊した。


「ア゛ッ!?」


 汚い悲鳴を上げるエレノール。湯気を切り裂くように、スラスターを全開にした"カリバーン・リヴァイブ"が"パーフィール"に急迫する。驚愕で動きの鈍ったエレノールでは、それに対処することはできなかった。


「首級! 頂いていく!」


 慌てて向けられる連装メガブラスターライフルを跳ねのけ、その顔面にパイルバンカーを打ち込む。頭部ユニットを貫かれ、"パーフィール"はたたらを踏んだ。


「や、やめっ……」


 エレノールが制止するが、問答無用のパイルバンカーが"パーフィール"の腹に炸裂した。分厚い装甲により貫通はされなかったものの、強烈な衝撃により腹から酸っぱいものがこみ上げてきたエレノールは思わず口元を抑える。


「もう一発!」


 そんなことをしていれば、次の攻撃に対処できるはずもない。二撃目のパイルバンカーが今度こそ"パーフィール"のエンジンを貫いた。


「う、オエッ……」


 生々しい声とともに、"パーフィール"は崩れ落ちた。


「く、調子に乗って!」


 猛烈な速度で、"ザラーヴァ"が背後から突っ込んでくる。だが、すぐ横に"パーフィール"が居るためマグナムは撃てない。仕方なく突き出された銃剣を後ろを向いたままステップで回避すると、輝星は即座にジャンプした。


「くっ!」


 あわててブラスターマグナムを向けるノラだったが、彼女の目に映ったのは"カリバーン・リヴァイブ"の背部にマウントされた対艦ガンランチャーの砲口だった。


「なっ!?」


 もはや避けられるタイミングではない。反射的に体を腕でガードするのとほぼ同時に対艦ミサイルが発射された。大爆発が起こり、"ザラーヴァ"の腕が吹っ飛ぶ。


「こ、このーっ!」


 苦しまぐれに撃った胸部グレネードランチャーも簡単に回避され、ノラは悲痛な声で叫んだ。宙返りして"ザラーヴァ"に向き直った"カリバーン・リヴァイブ"がスラスターを噴射する。数秒で推進剤がつき、プスンと音をたてたがすでに加速は十分だ。


「あ……」


 陽光に照らされてギラリと輝く鉄杭を目にしたノラは、恐怖のあまり失禁した。一秒もせず、破滅的な金属音が周囲に響き渡る。対艦ミサイルの直撃で回生装甲は消耗し、十全には作動しなかった。"パーフィール"と違い、たったの一撃で腹部装甲は貫通されてしまう。動力を失った"ザラーヴァ"が、ゆらりと倒れた。


「む……」


 しかし、連続した酷使により鉄杭が歪んでしまったようだ。巻き上げ中に異音を立て、ガタガタと震えだす。


「こ、壊れた……残る武器は……」


 慌てて背中から対艦ガンランチャーを引き抜くが、その砲身は無残に裂けていた。接射をしたせいで、爆風をモロにうけてしまったのだろう。当然、これでは発射不能だ。即座に諦め、投げ捨てる。


「やっべ」


 もはや使える兵装は弾切れのブラスターライフルに付いた銃剣のみ。さしもの輝星も、これには心許なさを感じずにはいられなかった。そんな彼のもとに、やっとこさ追いついた"ヴァーンウルフ"が剣を向ける。メインスラスターを破壊されてしまったせいで、サブスラスターによる緩慢な加速しかできないのだ。通常のストライカーの機動に追従できるはずもない。


「なんと……なんと素晴らしい! 見事な腕だ! これで念願の一騎打ちだ、さあ決着を付けよう!」


 陶酔した口調で叫びながら突っ込んでくるテルシスに、輝星は嬉しそうに笑った。


「追い詰めてくれるじゃないの……!」

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