第百九話 待ちわびた伏兵

 翌朝。輝星たちは日が昇る前に村から出立した。あまり長く滞在して、帝国軍にかぎつけられても困るからだ。二機のストライカーは現在、雪の積もった高山の峰々を縫うようにして飛んでいた。帝国側の陣地を通らずに海側に逃れるには、この山脈を超えるしかない。


「食糧不足って言ってたけど、結局保存食まで貰っちゃったねえ……」


 操縦桿を握った輝星が、遠い目をしながら言った。出発の直前、村人たちが缶詰などの食料を持ち寄ってきてくれたのだ。惑星中の主要都市が消滅し物流も停止しているような状況では、保存食など一番手放したくないモノのはずだ。それを無償で譲ってくれたのだから、有難いことこの上ない。


「まー、こればっかりは輝星サマサマってやつだな。あたしだけじゃ、流石にこうはいかなかった」


 寝不足気味なのが明らかに分かる顔色ながら、なぜか満足げな表情のサキが答える。


「……そうかな?」


「そうさ。男が戦ってるってのに、何とも思わないヤツなんかそうそういないさ。自分も武器を持って……ってのは難しくとも、ちょっとくらいは協力してやろうって気になるのが人情ってもんだろ?」


「うーん……そうなるのか。そうなるんだなぁ……」


 男女逆転して考えてみれば、地球人テランの輝星としても理解できなくはなかった。だが、いざ自分が当事者になってみると、何とも言えない気分だった。もちろん、物資を融通してもらえるのはとても有難いのだが……。


「ま、なんにせよ戦いが終わったら何かしらお返しをしなきゃな。土産でも持って、また行こうか」


「二人で?」


「ま、そろって世話になったわけだから、当然ね」


「いいじゃないか!」


 嬉しそうに笑って、サキは膝を叩いた。


「二人旅ってーのも悪くねーもんだ。楽しみになってきたな」


「まあ、なんだかんだ言って誰かほかにもついてきそうだけどね……」


 輝星の言葉に、サキは顔をしかめて舌を出した。主にシュレーア辺りが怪しい。


「冗談じゃねえ」


「そんなに嫌わなくても……」


「いや、まあ、悪い奴じゃないのは分かってるんだけどよ。でも……」


「でも?」


 頬を赤くして、サキは隣を飛ぶ"カリバーン・リヴァイブ"をちらりと見た。メインスラスターを使わず、ジェットアーマーの熱核ジェットのみで悠々と空を飛ぶその純白の機体は、不思議と小首をかしげているようにも見える。サキはなんとなくむっとして、コックピットの床を軽く蹴った。


「なんでもない!」


「そ、そう?」


 仲間内であまりギスギスされても困るが、こういった場合下手に口を出したところで悪化するだけだ。それを経験的に知っている輝星は、不承不承と言った様子で追及をあきらめた。戦場でのコンビネーションは悪くないのに、と小さくため息を吐く。


「なんにせよ、勝たなきゃ旅行どころじゃないからね。さっさと連中を国外に蹴りださなきゃ」


「そりゃあそうだ。ったく、面倒なこった」


 帝国軍の脅威が去らないうちは、星系間の自由な渡航すらままならないのだ。まして皇国の主要戦力である二人は、戦争が終わらない限りまともに身動きもできないだろう。少しくらいは気晴らしがしたいものだと、サキは渋い表情を浮かべる。


「現状、蹴りだすどころか本隊がどうなってるかすらわからねえからな。無事だといいんだが」


「まあ、大丈夫でしょ。あれだけ大将の周りを滅茶苦茶にされたんだがら、まともに追撃なんかできないはずだ」


「はは、確かにな。あそこまで恥かいて結局逃げられたわけだからな。向こうの大将、今頃めちゃくちゃ悔しがってるんじゃねえの?」


 ディアローズの醜態を思い出しながら、サキはくつくつとくぐもった笑い声をあげた。


「どうだろうね」


 短く答え、輝星が突然機体を停止させる。そして残弾の乏しくなった大容量粒子マガジンのケーブルをブラスターライフルへ差し込んだ。


「本人に聞いてみようか」


 ニヤリと笑って、彼は天を仰ぐ。サキがつられてそちらを見ると、雲一つない青空を背にして五機のストライカーがこちらに向かってくるのが見えた。機影から見て、"ジェッタ"などではない。先日遭遇した四天三機に、ディアローズの"ゼンティス"。そして残る一機はヴァレンティナの"オルトクラッツァー"のようだ。


「げえ、昨日の予言がマジになってんじゃねえか!」


「やっぱこうなるよねえ。向こうのゼニス戦力最精鋭だ!」


 歓喜さえ感じられる輝星の声に、サキは冷や汗を垂らした。二対五、しかもむこうは全機こちらより圧倒的に性能が上と来ているのだ。いくら輝星が強いとはいえ、物資を消耗している今の状況で果たして勝てるのか。


「く、居場所がバレたってんなら、無線封鎖なんか守る必要はねえ。一か八か、救援信号を出しとくぞ!」


 長距離無線を使えば、帝国軍に居場所がバレてしまう。だから二人は傍受されないレーザー通信のみを使っていたのだが、ここまでくれば素直に助けを求めるべきだろうという判断だ。ちょうどいいことに、現在地はかなりの高所と来ている。帝国の電波妨害下でも、運が良ければ皇国軍本隊に通信は届くだろう。


「頼んだ。……さて、さて。面白くなってきたぞ!」


 五機の帝国機が雪と岩しかない斜面へと降り立った。先頭に立つ"ゼンティス"がフルオートショットガンの砲口を"カリバーン・リヴァイブ"へ向けた。


「やっと会えたな、北斗輝星。なかなか会えなかったものだから、てっきり機体を捨てて逃げたのかとおもってしまったぞ?」


「とんでもない」


 挑発するような声でディアローズが言った。輝星は笑みを深くし、答える。


「待ってたのはこっちも一緒だ」


「……戯言を。貴様との因縁もこれまでだ!」


 その言葉を号令にして、五機のゼニスは輝星たちに向け一気に加速した。

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