第百八話 同衾!
「あー、疲れた……」
布団の上に寝転がりながら、輝星が体を伸ばす。夕食が終わり、二人は空き部屋で体を休めていた。食事の間ずっと子供たちからの質問攻めに合わされたものだから、疲れるなという方が無理な話だ。
「子供ってのは……なかなか凄いもんだねえ」
「ああ、まあ……ヴルド人なら、まず下の姉妹の世話はしてるからな。普通は慣れてるもんだが、輝星は初めてか」
サキが笑いながら聞いた。彼女は自分用の布団の上に胡坐をかいている。一応寝室は二つ用意されたのだが、先ほど輝星が子供たちに滅茶苦茶にされた件を知ったサキが同室での就寝を要求したのだ。入れ違いに風呂に行ったため護衛が出来なかったことを、若干後悔しているようだった。
「そりゃあね。姉弟は姉さんしかいないし、親戚も付き合いないし。あれくらいの子供とは、なかなか話す機会がないわけよ」
ひらひらと手を振りながら、輝星は答える。父親は早くに蒸発した上、母親も長い入院生活を送っていたのだ。姉と二人っきりの寂しい家庭に慣れている彼には、あの騒がしい食卓はほとんど異次元の出来事だった。
「それが突然あんな大勢に揉まれたから、驚くやら疲れるやら。ヴルド人ってさ、どこもこんな感じなの?」
「まあな。うちもこんなもんだったぜ」
食卓での出来事を思い出して、輝星は聞く。母親も子供も山のように居て、まるで学校の教室のような有様だった。これが普通の一家族というのだから、もう唖然とするしかない。
「すごいもんだねえ……」
「ははは、お疲れさん」
サキは輝星の傍に寄り、頭を優しくなでた。慣れた手つきだ。それこそ、こうして姉妹をあやしていたのかもしれない。
「あー……」
何とも言えない表情をして唸る輝星に、思わずサキは慌てて手を引っ込めた。
「悪い、慣れ慣れしかったか」
「いや、違う違う」
首を左右に振ってから輝星は体を起こし、サキの手を掴んだ。突然のことに、サキの頬が赤くなる。
「だいぶ迷惑かけたなって思ってさ」
「だ、誰にだよ」
「サキにだよ」
手を放し、輝星は窓の外を見た。すでに日は暮れ、星の光が夜の森を淡く照らしている。少し残念そうな表情で、サキが自分の手を握ったり開いたりする。
「俺に付き合ったばっかりに、こんな貧乏くじだ。ここの人たちが助けてくれなきゃ、危うく飢え死にするところだった」
「そりゃあ……」
サキは腕を組んで口をへの字にした。水臭いではないかと、文句を言おうとする。しかしそれより早く、輝星が言葉をつづけた。
「たぶん、味方と合流する前にもう一戦あるしさ。もう弾薬も推進剤もほとんど残ってないから、だいぶしんどい事になるのは間違いない」
「マジか」
げんなりした顔で、サキが呻く。無謀な敵陣突破により、二人の機体はかなり消耗していた。サキにとっての頼みの綱である電磁居合刀ですら、あちこち刃こぼれしているような有様なのだ。とてもではないが、まともに戦えるような状況ではない。
「向こうの指揮官は有能だよ。そして完全に俺はロックされてる。この状況で仕掛けてこない方がどうかしてるよ。絶対、どこぞで網を張ってるはずだ」
「そ、そいつは冗談じゃねえな……」
「まあ勝てばいいわけだけどさ。絶対、滅茶苦茶しんどいよ。俺は楽しみだけど……」
にこりと笑って、輝星は言った。その表情に空元気の色はない。サキの表情がさらに渋くなった。
「趣味に付き合わせちゃって、悪いなと。そう思ってる」
「火遊び好きにもほどがあるぜ、マジで」
「まあそうなんだけどね。でも、向こうもこっちも全身全霊を尽くした戦いになる。こんな気持ちいい事って、あんまりないよ」
「妙な趣味だよな。あたしだって戦闘はそりゃ、興奮するけどよ。お前のは大概だぜ」
サキの指摘に、輝星は困ったように頬を掻いた。もちろん、自覚はある。
「生身でいたって、そんなに楽しいものじゃないから。俺が何者かになれるのは、ストライカーに乗ってるときだけだ。思うがままに動けて、本気で他人とのぶつかり合いが出来る」
「……変なこと言うなよ。ストライカーに乗ってようが乗ってまいが、お前はお前だろ」
妙に嫌な雰囲気を感じて、サキは輝星に向き合った。輝星は相変わらず笑っているが、その笑顔は妙に悲し気に見える。
「いや……ストライカーに乗らなきゃ、姉さんの医療費も稼げないのが俺だよ。傭兵になる前にいろいろ試したけど……全部だめだったんだ。身体は弱いし、手先は不器用だし、頭使うのだって下手だ」
「……」
楽観主義の権化ともいえる輝星とは思えないような、弱気な言葉だった。サキは何も言えなくなって、彼の目を見る。
「だから、こんなにうまくストライカーを操れるのが分かって、すごく嬉しかったんだよ。コックピットに乗ってさえいれば、俺は助けを求めている人に手を伸ばせるし、どんな悪意や敵意とも真っすぐに相対できる」
「やめろよ、そういうの」
ぐっと歯を食いしばってから、サキは絞り出すような声でそう言った。要するに輝星は、パイロットとしての自分にしか価値を見出していないのだ。それはサキにとって、認めがたいものだ。
「でも……」
「うるせえ」
彼の言葉を遮って、サキは突然立ち上がった。そしておもむろに電灯のスイッチを切り、輝星に抱き着いた。そしてそのまま輝星ごと布団にもぐりこむ。
「なにがパイロットだ。あたしの抱き枕にでもなっとけ」
「な、なんでそうなるんだ」
輝星は驚いて抵抗しようとしたが、両手でしっかりとホールドされているため逃れられない。背中に当たる柔らかい感触のせいで、居心地が悪いことこの上なかった。普段は警戒しているおかげでポーカーフェイスを貫けるが、奇襲による驚きと疲れのせいで表情を取り繕うことが出来ない。珍しく、彼の顔は真っ赤だった。
「理屈なんてどうでもいいんだよ。今晩はお前はあたしの抱き枕だ! 文句あるか!」
「な、ないです……」
ここまで言い切られると、輝星としてはどうしようもない。自力では逃げられないし、抱き着く以上のことをしてくる様子もない。結局抵抗は諦め、おとなしくすることにした。
「じゃ、じゃあ寝るぞ! 明日も早いんだ。あんまり人らにも迷惑はかけらんねえからな」
「そーだね」
もう、投げやりである。輝星は自棄になって目をつぶった。真っ暗な中、感じるのはサキの体温のみ。思ったよりも、悪い感覚ではなかった。輝星の体から力が抜け、やがて疲れからかスッと眠りに落ちていく。
「……」
が、サキの方はそうはいかない。安心して身体を預けてくれているというのに、まさかそれを裏切って襲うことなどできるはずもない。だが、興奮するなというのは無理な話だ。結局、目が冴えてしまった彼女が就寝したのは真夜中になってからだった。
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