第百七話 団欒、そして鉄拳制裁

「ふー……」


 廊下を歩きながら、輝星は大きく息を吐いた。どうやら湯上りのようで、彼の髪はしっとりと濡れていた。食事の用意をしている間に風呂に入ってこいと老婆に促されたのだ。パイロットスーツも洗濯中であり、今は紺色の浴衣を着ている。


「お風呂あがりましたよー」


 そう言いつつ、輝星は襖をあけて居間へと入っていった。居間と言っても、数十畳はある畳敷きのやたらと広い部屋だ。どちらかと言えば、旅館や温泉の談話室に近い。しかし、部屋が広い分人も多い。おそらく、十数人はいるだろう。年齢層も幅広く、年寄りから赤ん坊までいる。全員、この家に住んでいる一家だ。ヴルド人はとにかく数が多い。


「ああ、帰ってきたか。湯加減はどうだったかな?」


 若く小柄な男性が笑顔でそう話しかけてきた。彼はこの一家で唯一の成人男性であり、名前をシズロという。先ほど輝星たちを出迎えてくれた若い女性の夫だ。


「よかったですよ。いやあ、久しぶりに風呂に入れました。本当、ありがとうございます」


 ホクホク顔で頷いた輝星は、シズロに勧められるまま部屋の片隅に腰を下ろした。部屋中の視線が輝星に向いている。若干居心地は悪いが、まあ仕方がないだろう。彼が苦笑しながら手を振ると、わぁきゃあと黄色い歓声が上がった。


「すまない、騒がしくて。男なんて、村に何人もいないからね。それが突然こんな美人さんが来たものだから、みんな興奮しちゃって」


「ははは……ありがとうございます」


 美人呼ばわりされて、輝星は何とも言えない表情で笑う。かわいいだの美人だのと言った評は、正直あまり嬉しくはなかった。どうせなら、格好いいと言ってもらいたいところだ。


「ねーねー、兄ちゃん兄ちゃん!」


 そんなことを話していると、三人の少女が大きな足音を立てながら走り寄ってきた。年齢はおそらく小学校中学年くらいで、三人ともよく似た顔をしている。おそらく、三つ子だろう。ヴルド人の子供は基本的に双子以上で生まれてくることが多いので、三つ子くらいは珍しくもなんともない。


「な、なに?」


 勢いに押されながら、輝星がなんとか答える。少女はにんまりと笑い、聞いてきた。


「兄ちゃんはどこから来たの?」


「また、難しい質問を……直前に居たのは……」


「隙あり!」


「グワーッ!」


 一瞬考え込むそぶりを見せた輝星に、二人の少女が突然タックルを仕掛けてきた。彼は身構えることすらできずに畳へ押し倒され、少女たちに好き勝手身体をまさぐられる。シズロが慌てて止めようとするが、なかなかうまくいかない。


「おおー、こうなってるのか」


「うへへへ、お肌すべすべ!」


「良いではないか良いではないか!」


「や、やめろー!」


 子供とはいえヴルド人である。地球人テラン男性としても特別貧弱な輝星に抵抗できるものではない。芋虫のようにもがくものの、拘束から脱することはできなかった。


「やめなさい!」

 

 が、即座に立ち上がった二人の若い女性によってこの狼藉は停止された。あっという間に輝星から少女たちを引っぺがし、頭に鉄拳制裁を見舞う。


「ど、ドメスティックバイオレンス……!」


 あまりにも素早い暴力行為に輝星が戦慄する。音からして、地球人テランの成人男性でも一発で昏倒しそうな威力で殴ったはずだ。だが、少女たちは目端に涙を浮かべているものの平気そうな顔をしていた。ヴルド人耐久力おそるべし、である。


「す、すいません! ほら、謝りなさい!」


「ごめんなさーい」


 あっさりと謝る少女たちに、思わず輝星は苦笑した。「もうこんなことはしちゃだめだよ」と釘をさしつつも、すぐに許す。輝星からすればたんに子供にじゃれ付かれただけなので、怒るほどのことでもなかった。

 しかし、実際はエロガキによる痴漢行為だ。それを理解している若い女性たちは、顔を青くしながら何度も謝った。


「本当、申し訳ありません」


「よく聞かせておきますので……」


「まあ、まあ。子供のやったことですし」


 輝星の言葉はあっさりしたものだ。職務にかこつけてハグを求めてきたどこぞの憲兵にくらべれば、子供の他愛無い悪戯だろう。


「ところで、お二人はこの子たちのお母さんですか?」


「ええ、まあ」


「産んだのはわたしたちじゃなくて、姉さんですが」


 二人の女性の言葉に、輝星は物珍しげな様子で頷いた。おそらく、彼女らはシズロと連婚関係にあるのだろう。地球人テランから見れば変わった家族形態だが、それならばこの部屋の子供の多さにも納得がいく。この三つ子も入れれば、この部屋だけで十人は子供がいるのだ。


「なるほど。いや、俺ってば見ての通り地球人テランでしてね。こういうヴルド人のご家庭にお世話になるのは初めてなんですよ。だから、なんだかおもしろくて」


「へえ……地球の人からすれば、珍しいものなんでしょうか?」


「うちなんか、家族は姉ひとりですし。両親が居たころでも、家族四人で住んでたんですよ。こんなに家族が多いのは、すごいなって」


「四人!? そ、それは少ないですね……」


 女性は困惑しながら驚いた。多数の姉妹で仕事家事育児を分担するのが基本のヴルド人から見れば、一般的な地球人テラン家庭はあまりにもとても変わってみえるのだろう。興味をひかれた様子で、いろいろと聞いてくる。

 結局、この異文化交流は料理が完成し、そして夕飯が終わるまで続くのだった。

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