第百六話 農村にて

 機体を森の中に隠した二人は、老婆の案内に従って農民たちの住む村へと向かった。谷間に築かれたその農村は木造の簡素な住宅の立ち並ぶ素朴なものであり、恒星間国家が銀河中にひしめく現代にはあまりにも似つかわしくない光景だった。機械的なものと言えば、村の端で回っている大きな発電用風車くらいだ。


「実は俺さ、こういうところに来るのって初めてなんだよね」


「マジかよ」


 突然の輝星の言葉に、サキが困惑した。その後ろを大名行列めいてズラズラと付いてくる農民たちが「箱入り息子……」「やっぱり王子様なのでは」と好き勝手なことを言い始める。


「いやほら、仕事の合間に港のある街を巡ることはあるけど……基本的に軍隊と一緒にいる生活だから。どうしても行動範囲は狭くなるんだよ」


「ああ、確かにそりゃあなあ」


 皇国軍でも輝星は外出制限を受けているのだ。以前の仕事で同行した軍でも、同じような扱いを受けてきたのだろう。


「でもさ、なんだか初めてきた気がしないよ、ここ。故郷と雰囲気がそっくりだ。何十万光年も離れてるし、住んでる人も地球人テランじゃなくてヴルド人なのに……不思議だよね」


 周囲を見回しながら、輝星が言う。確かに、言われてみればどことなく日本の農村にも似た雰囲気の村だった。木造、なおかつ瓦葺きや茅葺の建物が多いせいかもしれない。


「ロマンを感じてる所に申し訳ないが、この手の建物は地球由来だ。そもそも源流が一緒なんだから、雰囲気が似ているのも当たり前なんだよ」


「えっ」


「ヴルド人の故郷……惑星ヴルドは極寒の土地だからな。あたしらの先祖は、基本的に土に穴を掘って暮らしてきたんだ。もちろん、まったく建物を建てなかったわけじゃないが……」


 ニヤニヤと笑いながら、サキはウンチクを語り始める。輝星はげんなりとした表情になった。


「建築という文化に関しては、地球の方が上だった。今じゃ地球風建築ばかりで、ヴルド人伝統の様式の建物なんかほとんど残ってないんだよ」


「夢もロマンもないじゃないか!」


「ははははは! その通り!」


 そう言ってサキは大声で笑い飛ばした。近くにいた中年女性が、そんな彼女を窘める。


「姉ちゃん、そんな理屈っぽいことばっかり言ってると男の子から嫌われちまうよ。これだから女は……ってさ」


「うっ!」


 思い当たるフシがあったらしいサキは、胸を押さえて呻いた。そして心配そうな目でチラチラと輝星を見てくる。輝星はその小動物のような態度に思わず笑い、その肩を軽くたたいた。


「軽口の一つや二つで幻滅したりしないよ。なあ、相棒」


「だ、だよなあ! あたしら、相棒だもんなあ! はははは!」


 輝星の言葉に、サキは表情を一転させて大喜びした。なにしろ、相棒呼ばわりだ。気に入らないはずがない。


「今回の作戦だって、お前が選んだのはあの女じゃなくてあたしだもんな! そりゃ信頼感が違うとも! んふふふふ」


「え、いや、それは……」


 予想外の喜びぶりに、輝星は困惑した。敵陣に突っ込む作戦にサキを連れてきたのは、たんに総指揮官を自殺めいた突撃に突き合わせるわけにはいかないという合理的判断からだ。別に人間性や個人的な好みで選んだわけではない。もっとも、それを明言して落胆させるのもよろしくないので、結局輝星は言葉を引っ込めて黙り込んだ。


「着きましたぞ」


 そんなやりとりをしていると、突然先導していた老婆が立ち止まった。彼女の前には、大きな木造三階建の家がある。もっとも、この家が特別立派ということはない。ヴルド人は基本的に大家族なので、周囲の家も大きさは似たようなものだ。


「騎士様たちも疲れとるじゃろう。ほら、お前たちは散った散った!」


 老婆が杖を振り上げて、ついて来ていた農民たちを追い払う。彼女らは文句を言いつつも、おとなしく老婆の言葉に従って帰っていった。


「さて、お入りくだされ」


 玄関のガラス戸を開け、老婆は家の中へ入っていく。二人もそれに続いた。


「おおい! 帰ったぞ。ファルカ、来とくれ!」


「はいはい!」


 広い玄関で靴を脱ぎながら老婆が叫ぶと、パタパタと足音を立てて奥から若い女性が現れた。その後ろから、何人もの小さな子供たちが続いて走ってくる。


「お帰り! ばあちゃん!」


「わ、わ、すっごい綺麗な人!」


「あわわわわ……」


 大騒ぎする子供たちを手で制しつつ、ファルカと呼ばれた若い女性は驚いた顔で輝星の方を見た。


「か、母さん! お客さんが来てるなら言ってよ! こんな格好で、もうっ! 恥ずかしい」


 エプロンの裾をつまみながら、女性は顔を赤らめた。鈴なりになった子供たちが「父さんにいいつけるぞー!」とはやし立てる。


「詳しい事情はあとで話すが、この方々を今日一晩泊めることになった。鶏を何匹か絞めて、ご馳走を用意してやっておくれ」


「まあ」


 驚いた様子で、女性は輝星たちをまじまじと観察する。当然だが、彼らはコックピットから出てきたままのパイロットスーツ姿だ。それで事情を察したらしく、笑顔で頷く。


「それじゃ、シズロさんを呼んで来ようか。服も必要だし、男の人のことは男の人に任せた方がいいでしょ」


「すいません、助かります」


 輝星はほっと安堵の息を吐きながら頭を下げた。まともにコックピットから出ない生活が一週間以上も続いているのだから、もう疲労は限界に達していた。身体を伸ばして休めるのならば、こんなに嬉しいことはない。

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